挫折の連続!どん底からのメジャー挑戦!

2026年4月26日放送 0:44 - 1:05 NHK総合
レジェンドの目撃者 (MLBの優勝請負人 田口壮)

1991年にドラフト1位でオリックスに入団した田口は、万能外野手として頭角を現しスター選手になった。2002年に32歳でメジャーに挑戦し、カージナルスと3年契約を結んだ。当時カージナルス傘下の3Aスタッフとして田口に出会った長谷川嘉宣さんは、3年300万ドルというオファーは先発レフトの金額だったと話した。前年に鮮烈デビューを果たしていたイチローの影響で、日本人野手への期待は高まっていた。しかし2002年の春キャンプで田口は快音を響かせることができず、オープン戦の打率は.146だった。元チームメートのスタッビー・クラップは、力強いスイングができていなくてしっかりボールを捉えることができていなかったと話した。長谷川滋利は、ちょっとだけ動くムービングファストボールには日本の選手みんな苦労していたと話した。田口が開幕を迎えたのは、マイナー3Aのメンフィス・レッドバーズだった。元チームメートのケビン・ジョセフは、メンフィスに来たばかりの頃は言葉の違いや野球スタイルの違いに戸惑いを感じているようだったと話した。元実況アナのスティーブ・セルビーは、最初は打球が飛んでいなかった、調整が必要だと思ったと話した。打撃とともにマイナーの遠征も田口を苦しめた。
メジャー1年目の6月に突然メジャー昇格を告げられたが、メジャー4試合でノーヒットに終わり再びマイナー降格となった。8月にはさらに下の2Aも降格となった。エージェントだった長谷川さんは、選手が辞めたいと言ったらチームはお金を払わなくていいので「もう日本に帰らせてくれ」と言わせたくて2Aに落としたと聞いたと話した。2Aは日本で言う3軍で、給料が少なすぎてアルバイトをする選手もいる。妻・恵美子さんは、探したアパートがチューチュー出てくる穴があった、がっかりはしていたが上がっていくだけと淡々としていたと話した。田口はバッティングフォームを変え、2Aで14試合連続ヒットを記録するなど打率は.308に上がった。キャンプ地から帰るチャーター機に乗る26人に選ばれた田口だったが開幕戦の5時間前に1人だけメンバーから外され、再びメンフィスに戻ることになった。田口はスーパーサブに自らの生きる意味を見出し、2004年に開幕メジャーの座を掴み取った。


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