2025年10月19日放送 14:00 - 14:55 フジテレビ

ザ・ノンフィクション
30周年特別企画『おじさん、ありがとう』熱血和尚の物語

出演者
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(オープニング)
オープニング

オープニング映像。ザ・ノンフィクションは2025年10月で放送30周年。そこに映されていた人々の「その後」の物語を5週連続でお届けする。第3弾は番組史上最多の受賞歴を誇る熱血和尚の物語。

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FNNスピークテレビ熊本産経新聞読売新聞赤ちゃんポスト
おじさん、ありがとう
2019年放送 おじさん、ありがとう ショウとタクマと熱血和尚

タクマさんが愛知県岡崎市にある寺、西居院の廣中住職を訪ねた。西居院では様々な事情があって家族と暮らせなくなった子どもたちを無償で預かっていて、廣中さんはおじさんと言われていた。タクマさんは共に寺にいたショウさんと再会した。廣中さんとショウさんの中学生の映像が流れ、寺に引き取った経緯や仲間の輪に入らないタクマさんが面倒を見てくれるようになったこと、ショウが怪我を負わされた事件などを振り返った。

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中部国際空港岡崎市(愛知)福岡県西居院豊橋市(愛知)

おじさんはショウを暴行した16人を電話で呼び出すようタクマに言った。少年の手には金属バットが握られていたが、タクマたちはひるまず後につづく。少年が電話すると集団が現れ、リーダ格の少年は自分のなわばりでショウが断りもなくバイクを盗んだことに腹を立てているが、おじさんは二度とショウに近づかないことを少年たちに約束させた。寺に帰ると待子さんがご飯の用意をして待っていて、ショウは自分を守ってくれる人達の存在を感じ安心し、寺の中では声を出して笑うようになったという。タクマはショウにとって、寺にきたことがプラスになって嬉しいと語った。タクマは幼い頃に両親が離婚、母親と2人で暮らしていたが、母親は夜の仕事に出て薬物に手を出し逮捕された。タクマはサッカーの才能を見込まれていたが、度重なる問題行為から中学2年のとき寺に預けられ、その後寺近くの中学に転校した。おじさんは貧しい寺で生まれ父親の反発心から荒れていて、暴力事件を起こして退学を迫られた時、土下座して守ってくれたのが担任教師だった。その教師への恩もあり、子どもは悪くないという心情で寄り添えば、子どもたちは変わることができると話している。ショウが寺にきて1ヶ月、ショウが突然姿を消してしまった。

ショウがいなくなって11時間、母親に道がわからないという連絡があったきり携帯の連絡がとれなくなった。仲間たちは8時間以上ショウを街を探していた。行方不明になって丸一日、ショウが見つかった。ショウをみた”おじさん”は決まりどおり、「子ども会議だ!」と言った。タクマはショウに「どれだけ心配したか知ってる?」と言い寄る。タクマは寺から逃げようとしたショウに「逃げるな」というメッセージを今一度ぶつけた。ショウはしっかりと謝った。その日を境に、ショウは変わっていった。その姿を見に来たのは、ショウの中学校の校長先生だった。それからショウは”おじさん”に「一日でもいいから帰りたいです!」と打ち明けた。中学校に対して、”おじさん”はまず半日ずつでも通えないかと頼んだ。

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岡崎市(愛知)西居院
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おじさん、ありがとう
2019年放送 おじさん、ありがとう ショウとタクマと熱血和尚

中学校の担任は「ショウが戻ってきたら怖いなという人もいる」などと言った。これを許せなかった”おじさん”は、ショウに会いに寺に来てやって欲しかったと、更生を諦めて欲しくなかったことを訴えた。翌朝、”おじさん”が向かったのはショウの家だった。朝の準備をしたショウは、”おじさん”の車に乗って学校へ。これからは、自分の力で歩いていく。担任の先生の支援もあり、ショウは無事中学校を卒業できた。一方、高校受験にチャレンジしたタクマも寺を卒業。

おじさんの肺に進行性のがんが見つかり、治療しなければ余命3か月と告知された。それでも抗がん剤治療を受けながら、苦しむ子どもたちの相談に乗り続けた。しかし、その後がんが脳に転移。慎重に腫瘍を取り出す手術を3回も受けることになった。3度の脳手術を受けたおじさんは横浜の結婚式場に姿を現した。寺の卒業生のひとりであるミズキの結婚式だった。おじさんは自力では歩けず、言葉も発せなくなっていた。

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いじめがん横浜市(神奈川)津南町(新潟)藤田医科大学病院西居院豊明市(愛知)

寺の卒業生のひとりであるミズキの結婚式。おじさんは自力では歩けず、言葉も発せなくなっていた。10年前、中学生だったミズキはいじめがきっかけで非行に走り、寺に預けられた。ミズキは第二の父親であるおじさんとともにヴァージンロードを歩きたいと希望していた。おじさんは当初、車いすに座って入場する予定だったがおじさんはまだ話すことが出来た1年前、「おじさんが頑張っているから子どもたちに勇気を与えることができるかなと思って」などと、闘う姿を見せることで子どもたちに勇気を与えたい思いを明かしていた。おじさんはミズキの肩を借りながら歩くことに成功した。タクマが11年ぶりにおじさんを訪ねたのは結婚式から5ヶ月後のことだった。もう治療の術がなく、待子さんがお寺で最期を看取りたいと連れて帰ってきていた。タクマとの再会を果たしたおじさんはその後危篤となり、多くの卒業生がかけつけ、別れを惜しんだ後にゆっくりと息を引き取った。

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いじめがん栃木県西居院
2019年放送 おじさん、ありがとう ショウとタクマと熱血和尚 あの人は今 「その後」の物語

2025年5月、あれほど賑やかだった寺にもう子どもたちの姿はない。七回忌となったこの日は全国から卒業生が集まった。33歳になったタクマは内装施工会社の社長になっていた。ショウはエネルギー関連の企業に就職し、営業マンとして頑張っている。ミズキは2人の可愛い子どもに恵まれた。

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西居院
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