2026年9月11日放送 20:00 - 21:48 テレビ朝日

タモリステーション
日本も世界も夢中!大相撲 満員御礼 SP

出演者
タモリ 木村佳乃 啓輔 藤青雲 藤島[18代目] 
大相撲 満員御礼SP
9月場所直前 令和の大相撲が熱い 群雄割拠! 新たなヒーローは?

9月場所直前、令和の大相撲が熱い。7月の名古屋場所では連勝すれば優勝の巴戦で決着を付けることに。初優勝を目指す熱海富士と霧島の一番で、熱海富士が優勝に王手をかけた。続く相手は安青錦。安青錦が熱海富士を圧倒。そして霧島にも勝利しケガからの復活を果たした安青錦が3度目の優勝し大関に復帰。九月場所でも覇権争いが熱を帯びる。去年史上最速の横綱昇進を決めた大の里。藤ノ川は現役の幕内で最年少ながら、横綱に初挑戦から4連勝。戦後初の快挙を達成し新関脇として場所を迎える。宇良はピンクのまわしがトレードマーク。幕内最年長の高安は、先場所優勝争いに絡む活躍。

9月場所直前 令和の大相撲が熱い タモリが国技館の非公開エリアへ

タモリさんが9月場所舞台の両国国技館へ。田子ノ浦親方に案内してもらう。去年9月場所の千秋楽で16年ぶりの横綱同士の優勝決定戦が行われた。その舞台裏を振り返りながら国技館の秘密に迫る。支度部屋は、奥から横綱をはじめ若い力士の準備体操をしたり関取が来たら体を作って化粧廻しをはめたり 鉄砲柱を使ったりするという。支度部屋を出て土俵部屋に向かう。土俵は国技館の下にある。遠隔操作で土俵を上げる。国技館では約20cm削って新しい土と交換。地方場所だと土を総入れ替えする。全て手作業で行われる。天井から吊るされた屋形。現在の吊屋根式となったのは1952年の9月場所から。翌年に始まるテレビ中継に向けて柱を撤去したとも言われる。

(オープニング)
オープニング

オープニング映像が流れた。

9月場所直前 令和の大相撲が熱い 伝統と変革の裏側にタモリが迫る

今夜は世界も熱狂する大相撲の魅力に迫っていく。近年会場の雰囲気が違うのか問われると藤島親方は「以前は男性のお客様、年配のお客様が多かったが、最近は若い世代、半分くらい女性ですね」などと話した。

大相撲 満員御礼SP
令和の大相撲に異変が… ファン層が拡大する秘密に迫る

本場所は3年半以上満員御礼。90年代の若貴ブーム以来となる盛り上がりを見せている中、時代とともにファン層にも変化が起きている。会場には力士のグッズを身に着け推し活に励む相撲女子「スー女」たちが溢れ、賑わいを見せている。クロワッサンやスイーツを頬張る力士の姿がSNSにアップされるとそのギャップが話題になった。伝統的なイメージから一転し、今は推し活感覚で楽しめる人気コンテンツとなっている。力士たちに触れ合えるまたとない機会が地方巡業。先月行われた青森巡業では、会場を前に長蛇の列ができていた。ファンとの交流を目的に全国各地で開催され、本場所では味わえない素顔が見られるとあってチケットは連日完売となっている。去年10月イギリス・ロンドンでは20年ぶりに海外公演が復活した。ロンドンでの開催は34年ぶり2度目となり、地元は歓迎ムード一色に。力士たちが到着すれば大人気。会場は1871年に開場されビートルズも舞台にたった音楽の殿堂「ロイヤル・アルバート・ホール」での開催となった。

ロンドン公演は幕の内力士42人を含む総勢112人が参加。藤島親方は「(土俵は)現地で作る」などと話した。

ロンドン公演の5日間のチケットは完売。約20万円する高額チケットも売り切れとなった。現地の放送局BBCは英語で実況。歴史・文化を感じつつ、スピーディーでパワフルな取組に会場はみな心を踊らせた。今年もパリ公演が約30年ぶりに行われた。横綱・豊昇龍と大の里が頬張ったのはフランスパン。さらにウクライナ出身の安青錦は現地の放送局に生出演し相撲の魅力を海外に発信した。2日間に渡って行われた公演では1万5000もの客席が埋まり連日満員御礼となった。公演では相撲にまつわる儀式を披露。単なるスポーツではなく、そこにまつわる伝統や文化もファンを魅了し、パリでも相撲は大盛況となった。さらに懸賞旗では勝った力士が懸賞金を手にすることができるが5月場所では過去最高の2億4000万円を突破。長年協賛を続ける永谷園の担当者に懸賞を出す理由を聞いてみると「懸賞は目に見える応援。永谷園は江戸文化を大切にしてきた。大相撲は江戸時代から様式を継承していて伝統を重んじる日本文化の一つだと考えている」などと話した。一方で今年から新たに懸賞を出しているMSCグループのモレリさんは「相撲は日本の歴史における非常に重要な文化遺産です」などと話した。伝統を重んじながら時代とともに変化を続けたことが現在の相撲人気へ繋がっていた。

9月場所直前 令和の大相撲が熱い 伝統と変革の裏側にタモリが迫る

懸賞は、今年5月場所では史上最多3563本を更新。懸賞金は企業が1本7万円を出している。力士の手取りは計3万円。相撲協会の事務経費を除く残りの3万円は、相撲協会が天引きして積み立てている。5月場所の霧島関は508本で総額3048万円。基本的に企業だが、過去に特例でポール・マッカートニーが個人で出して話題に。

時代を彩るヒーロー列伝 昭和編 大鵬 千代の富士…横綱誕生秘話

昭和20年代後半、復興を目指す人々の希望となったのが後に小さな大横綱と呼ばれる2人。それが“マムシ”栃錦と“土俵の鬼”初代若乃花。共に身長170cm台、体重は100kg程。小さな体で巨漢をなぎ倒すその姿に人々は大熱狂。相撲取材歴70年以上の当時を知る杉山さんは「俺達だってやればやれるんだ」という気持ちにさせてくれたという。今尚語り継がれる栃若決戦。史上初横綱同士の千秋楽全勝対決。時は流れ、日本は生きるための復興から高度経済成長へ。激動の時代に一人の国民敵ヒーローが誕生。それが昭和の大横綱・大鵬。

時は流れ、日本は生きるための復興から高度経済成長へ。激動の時代に1人の国民的ヒーローが誕生。それが“昭和の大横綱”大鵬。身長187cmの巨体で次々と白星を重ねるその姿は、まさに人々が目指す豊かで強い日本そのもの。当時の熱狂ぶりでわかるのが大量のファンレター。子どもが好きな巨人・大鵬・卵焼きという流行語も生まれた。大鵬が幼少期を過ごしたのは北海道。生活が苦しく学校に通いながら山での過酷な労働で家族を支えていた。16歳で身長が180cmあり、その巨体に惚れ込んだ二所ノ関親方がスカウト。入門した理由は「お腹いっぱいご飯が食べられる」。群を抜いて厳しかった二所ノ関部屋へ。入門からわずか4年後の11月場所千秋楽で国民的ヒーローに。当時の最年少記録20歳5か月で初の幕内最高優勝。翌年には史上最年少記録を塗り替える21歳3か月で横綱昇進。大鵬は大記録となる2度の6場所連続優勝を果たした。ハワイからやってきた戦後初の外国人力士の高見山。元々はアメリカンフットボールの選手だったが、ハワイ巡業でスカウトされ相撲の道へ。茶目っ気たっぷりのキャラクターで一躍人気者となりCMにも引っ張りだこ。昭和47年7月場所、外国人力士初の優勝。あとに続く海外勢躍進の歴史はここから始まった。同じ時代、社会現象になるほどの人気を博したのが“角界のプリンス”初代貴ノ花。兄は師匠でもある初代若乃花。息子は後の横綱若貴兄弟。細身でありながら、初代若乃花同様にとことん粘る姿が多くの人々を惹きつけた。しかし、高まる人気とは裏腹に優勝には手が届かず。そんな中、師範に最も近づいたのは昭和50年3月場所優勝決定戦。相手は大横綱の北の湖。日本中が待ちわびが歓喜の瞬間、視聴率は驚異の50.6%。誰もが自分のことのように喜んだ。その5年後、初代貴ノ花は昇り龍のごとく現れた若き力士に敗れ翌場所で現役を引退。引導を渡したのが“ウルフ”千代の富士。力士らしからぬ筋骨隆々の体で、大鵬を上回る53連勝。さらに史上初の1000勝を達成した昭和最後の大横綱。千代の富士の原点は北海道松前郡福島町。当時の様子を幼馴染の鳴海町長は、スポーツ万能でいらずらっぽいところがあったという。中学生のころにスカウトされ歩み始めた力士の道。しかし致命的な弱点の方の脱臼に苦しめられることに。先天的に肩が外れやすく左肩の脱臼を繰り返したことで出世に苦しみ、さらに昭和54年3月場所で初めて右肩を脱臼。翌場所2度目の十両陥落を余儀なくされた。これが最強となるきっかけに。肩を筋肉で固め外れにくくするための筋トレ。日課としたのは1日500回の腕立て伏せ。筋肉の鎧を纏い土俵に帰ってきた千代の富士は、その後次々と白星を重ね関脇に昇進。迎えた昭和56年1月場所、初の賜杯がかかる優勝決定戦。対するは大横綱北の海。世紀の大一番で千代の富士が初優勝。この中継は今尚破られない大相撲の歴代最高視聴率を記録。毎分最高は65.3%まで達した。

9月場所直前 令和の大相撲が熱い 伝統と変革の裏側にタモリが迫る

子供の頃、印象に残っている力士について、木村さんは「千代の富士さんと寺尾さん、朝潮さん、小錦さん、本当よく見てたので」と話した。タモリさんは「俺はやっぱり栃錦の時代ですからね」と話した。昭和の幕内力士の出身地のデータを紹介。昭和世代は北海道、青森が多かった。令和9月場所幕内力士の出身地を紹介。注目は海外勢。全体の4分の1を占めている。

タモリが国技館の非公開エリアへ 相撲教習所&地下倉庫のお宝拝見

国技館非公開エリアにタモリさんが潜入取材。国技館で大歓声をうける力士は一握り。相撲で一花咲かせたい。今回、新弟子検査を合格した金の卵たちの虎の穴、相撲の基礎を叩き込まれる相撲教習所にタモリさんが潜入取材。相撲教習所は1957年設立、相撲の基礎・力士としての教養を半年間学ぶ場所。

タモリさんが相撲教習所を取材。案内してくれるのは元幕内・大碇 甲山親方。相撲教習所に通うためには新弟子検査い合格しなければいけない。検査に合格したあと、所属する部屋で生活しながら半年間通う。土俵は3つあり、能力別となっている。琴芳野(16歳)は体格基準を満たせなかったが、運動能力検査をクリアし、力士の仲間入り。運動能力検査が導入される以前は、なんとか基準をクリアしようと一升瓶に水を入れて持ち込む若者もいた。厳しい稽古にタモリさんは言葉を失った。2時間半の稽古を終え、続いては学科。相撲甚句に書道、授業は様々あるが、今日はインタビューへの答え方講座、街中でファンに声をかけられた時の対応などを学ぶ。

タモリさんはファン対応の授業、取材対応の授業を見学。取材は終わった時が大事だそう。すぐに立ち去らず、会釈をして少しの間をあけて退席するのが大切だという。昼食中に中澤くんや大森くんにインタビュー。「色々な出会いがあるので楽しい」と彼らは語った。昼食を終え、それぞれの部屋へ帰宅した。続いて、国技館の地下倉庫に潜入。その前に博物館で相撲のルーツを探る。ここから日本相撲協会で広報を務める元関脇若の里・西岩親方に案内してもらう。江戸時代前半の相撲は土俵に本物の俵が使われていた。この頃は土俵の形やルールも曖昧で、もめ事の原因になることもあったそう。江戸時代の相撲をさらに盛り上げたのが通算勝率約9割6分の人気力士・雷電為右衛門。雷電為右衛門の羽織のレプリカをタモリさんが羽織った。日本独自のスポーツとして長い歴史がある大相撲は、いつどのように始まったのか。1300年前に書かれた日本書紀にはすでに相撲という文字があった。日本書紀にかかれている、野見宿禰は相撲の神様として語り継がれている。約1200年前からは天覧相撲も行われていた。島根県の隠岐の島では、神社の遷宮を祝う際など島中の人が集まり夕方から翌日昼まで徹夜で古典相撲が行われる。また瀬戸内海にある大三島では、650年以上続く相撲神事も。田植えの時期に1人の力士が見えない精霊と戦い、五穀豊穣を占う一人角力。精霊が勝つと豊作になるとされ、県の無形民俗文化財に指定されている。相撲神事がある一方で、江戸時代にエンタメとし開花。江戸時代中期までの相撲は、神社や寺の資金集めるための勧進相撲が中心だったが、江戸時代後半に幕府公認の相撲興行として、江戸・京都・大坂で収益を上げるようになった。櫓太鼓や触れ太鼓、力士の土俵入りなども江戸時代後半に始まり、今も受け継がれている。両国国技館の中にある相撲博物館。今回は特別に約3万8000点ある所蔵品の中から江戸後期の貴重な所蔵品(最古の板番付)を見せてもらった。雷電為右衛門の時代のもので、よく見ると文字が見える。また69連勝を記録した名横綱・双葉山の綱や、双葉山の大銀杏、タモリさんも好きだった栃錦の明け荷、栃錦が愛用していたキセルを拝見した。昔はおしゃれな人が多く、栃錦トライバルだった初代・若乃花もおしゃれな洋服を着た姿が雑誌で特集されることもあった。今の力士は常に着物か浴衣を着て外出している。そういう意味では今のほうが伝統文化を守っていくという気持ちが強いのではと、石岩親方は話した。

9月場所直前 令和の大相撲が熱い 伝統と変革の裏側にタモリが迫る

呼出のしごとや呼び上げや太鼓叩きなど。タモリが太鼓に挑戦する。挑戦するのは跳ね太鼓で終了時また明日もお越しくださいの意味がある。

時代を彩るヒーロー列伝 平成編 若貴ブーム モンゴル勢の台頭

平成の相撲界は次世代を担う3人の若者が登場。登場するのは若乃花・貴乃花・曙。1991年5月場所貴花田は千代の富士と対戦し勝利し千代の富士は引退会見を開いた。貴花田は1992年1月場所では初優勝。その後貴乃花にしこ名を変更し2場所連続全勝優勝し横綱に昇進。2001年5月場所優勝決定戦で貴乃花は武蔵丸と対戦。前日に右ひざ半月板を負傷したが勝利し優勝した。その後訪れたのがモンゴル勢の台頭で、登場するのは朝青龍と白鵬で2008年1月場所千秋楽で対戦し白鵬が勝利した。

感動!興奮!白熱!偉業! 相撲史に残る名勝負 一挙公開

1988年11月場所千秋楽千代の富士と大乃国が対戦し大乃国の勝利。1990年2月場所は優勝決定巴戦で北勝海が優勝。

舞の海が会心の一番だったとかたる対戦は、曙関に勝った1991年の11月場所の相撲だという。舞の海は、相撲は大きい人が有利で小さい人が不利だというイメージを払拭したかったという。また、十両以上で史上初のたすき反りを見せた宇良もまた変幻自在と言える。もう1つの名勝負は、1998年の7月場所、武双山と千代大海の激しい張り合いとなった対決だ。。

9月場所直前 令和の大相撲が熱い 伝統と変革の裏側にタモリが迫る

藤島さんは「あまり品のいい相撲じゃないんですが、途中でお互い熱くなって意地の張り合いのようになったのを覚えてます」と話した。一方、ゲストに身長185センチ体重150センチの藤青雲を招いて、タモリさんとがっぷり四つに組んでみると、タモリさんは「きついね、押すだけで」などと話した。本場所では、回しに水をつけて固く締め、相手が取りにくくするという。

令和の相撲部屋に潜入取材 外国人も殺到! 力士の素顔に迫る

東京中央区にある荒汐部屋は、若隆景とその兄・若元春が引っ張る人気の部屋だ。またこの部屋は稽古場が一面ガラス張りで、連日、外国人観光客が押し寄せる。カナダから来た男性は、スピードにびっくりしたなどと話した。渡辺アナが取材に入り、相撲部屋の中を特別案内してもらった。

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