2024年11月30日放送 4:50 - 5:20 テレビ朝日

テレメンタリー2024
「切断からの一歩」

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(オープニング)
オープニング

オープニング映像。

テレメンタリー2024
切断からの一歩

足の太ももを切断して一ヶ月、義足を作るために残った脚の型をとる作業から始まった。切断手術の直前に、お別れの記念写真を撮影した河合紫乃さん。大学のバドミントン部では全国大会の団体戦で2度の優勝を経験し卒業後は実業団チームに入団。選手として順風満帆は日々を送っていたが23歳の時に両股関節のケガで手術をうけた所、神経が損傷するケガをし、左足の股関節から下が麻痺した。当初は6週間ほどの入院予定だったが1年半の長い入院生活に。その後麻痺で脚の感覚がないせいで、やけどや骨折をしてしまった。それでも痛みは感じなかった。やむなく太ももの切断をすることにした。

河合さんは股関節から下が麻痺していて、脚を切断するときに股関節から下を切り離す手術は医師との相談の結果太ももを切断する大腿切断を選択した。河合さんを担当する理学療法士も初の試み。残った脚に履いているのはライナーという緩衝材。先端の金具は義足を装着する時にライナーと義足の本体をつなぐ役割をしている。来年で70歳を迎える臼井さん。これまでにおよそ5000足の義足を作った。日本にいち早くスポーツ用義足を取り入れたパイオニアで、去年には内閣総理大臣賞等を受賞した。スポーツ選手にとどまらずにファッションモデルのための義足も作った。数年前からは義足のファッションショーを開いている。

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内閣総理大臣賞義肢装具サポートセンター荒川区(東京)

臼井さんは河合さんの義足の型を取っていたがそのこだわりを語った。柔らかくなった素材を河合さんの太ももを再現した石膏に被せる。切断面をおさめるソケットづくりに取り組んでいた。切断手術から2ヶ月、河合さんはその義足をつけリハビリに取り組んでいた。麻痺があるために義足を前に出すことができず悪戦苦闘。そこで体幹を鍛えるトレーニングとリハビリがスタートした。太ももを支えるコルセットを腰に装着し歩けるようになった。

河合さんはリハビリを続け、ついには臼井さんが主催する義足ユーザーを中心とした陸上クラブの練習会に誘われた。麻痺していたはずの残った脚が手を使わずに動いた。そしてスポーツ義足を装着し始めてのランニングに挑む。河合さんは楽しいと答えた。およそ1ヶ月後、河合さんの姿は石川県の小松空港に。空港の施設内で義足のファッションショーが開かれた。河合さんの母親もかけつけ、ファッションショーを見守った。河合さんがこれからがスタートと感じたと答えた。そしてこれからの一歩にバドミントンを始める。10月には本格的にバドミントンの練習をスタートし、12月の大会で初めて義足での出場を目指す。

キーワード
小松空港石川県第9回 DAIHATSU日本障がい者バドミントン選手権大会
(エンディング)
エンディング

エンディング映像。

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