- 出演者
- 所ジョージ 林修 原菜乃華 小手伸也
オープニング映像。
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小手伸也は、山岳部だったので山は好き、テントが全焼して以来山に登っていないが山暮らしに憧れはあると話した。原は、虫は得意じゃないがダンゴムシは触れると話した。
鹿児島県のポツンと一軒家を調査。衛星写真には2棟の建物と広い空き地が写っていた。最寄りの集落で話を聞くと、ナガレアンというそうめん流しの店とのことだった。バイトをしていたという男性が電話をかけてくれた。
鹿児島県のポツンと一軒家を訪ね、主の智洋さんと恵美さんに話を聞いた。鹿児島名物「そうめん流し」の店で、恵美さんが4代目店主。初代と縁故関係はないが、3代目は恵美さんの父だった。智洋さんの本業は建築で、外壁工事の仕事をしている。流しそうめんは昭和30年頃に宮崎・高千穂町で食べられたのが発祥と言われている。一方回転式の機械にそうめんを流して食べるそうめん流しは、昭和37年頃に鹿児島・唐船峡の店で提供したのが始まりと言われている。当時の町の助役が発案し、観光名物として鹿児島県内に普及した。恵美さんの父は空調設備会社の経営が本業で、兄2人が会社を継いでいる。自宅は店から車で15分山を下りたところにある。元々は林業関係で使われていた土地で、昭和40年代には渡り山師の集落があった。山師が移動し誰もいなくなった集落の跡地を創業者が購入し、50年前にそうめん流しの店を開業した。別棟では冬に猪鍋を提供している。自作のピザ窯があり、秋のもみじ祭りでピザの出店をしている。魚料理やジビエ料理も提供しており、6月から9月末まで営業している。40席あり、最大300人収容可能。繁忙期は満席になり、県外からの客も多い。麺はそうめん流し用の特注で、伸びないよう太くなっている。
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鹿児島県のポツンと一軒家を訪ね、主の智洋さんと恵美さんに話を聞いた。恵美さんは服飾専門学校卒業後衣料品会社に就職したが、1年で退職して母と2人でカフェを開店した。23歳頃から流れ菴を手伝い、30歳で父から店舗経営を継承した。コロナ禍では経営危機が3年以上続いたが、恵美さんは鹿児島名物を無くしてはいけない使命感で店を続けたという。智洋さんも忙しい週末は店の手伝いに来ている。2人は共通の友人を介して知り合った。12歳離れているため恵美さんの父が結婚に反対していたが、最後は恵美さんの父が折れて結婚。3人の子どもが生まれ、今は店を手伝っている。捜索隊の訪問を聞いた恵美さんの両親が来店した。
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鹿児島県のポツンと一軒家を訪ね、主の智洋さんと恵美さんに話を聞いた。捜索隊はそうめん流しと虹鱒の塩焼き、鯉のあらいを味わった。つゆは自家製で濃い目に作っている。恵美さんは、店をこのまま保てるように頑張っていきたいと話した。
小手は、流しそうめんとそうめん流しの違いを知らなかったと話した。原は、そうめん流し用の麺が気になったと話した。
