- 出演者
- -
オープニング映像。
- キーワード
- Google Earthグーグル
以前番組に登場した信幸さんは地元中学校を卒業後、横浜の中華料理店「宝珍楼」で修行を積んだ。20歳で地元の中華料理店に移ると働き続けてお金を貯めて独立した。修行した店にちなんで「ほうちんろう」を開店し繁盛した。30年前に実家跡地にログハウスを建設した。娘の夫がニュージーランドの人で、信幸さんはオークランドにラーメン屋を出店。現地で評判となり2号店も開店し、娘に経営を任せて信幸さんは引退。1年の半分はニュージーランドに行く二拠点生活をしている。再び静岡県のポツンと一軒家を訪ね、信幸さんに2年ぶりに再会した。敷地には新しい風呂が作られていた。愛車の国産オープンカーは3年前にエンジンが壊れて修理中だった。鶏をペット感覚で平飼いしている。これからログハウスでレストランを始めるという。
静岡県のポツンと一軒家を訪ね、信幸さんに話を聞いた。信幸さんは山奥のログハウスでレストランを始めることにした。孫の海琉さんに第一子が誕生し、信幸さんはひ孫ができた。ニュージーランドの会社を退職し、奥さんの実家の運送会社で長距離トラックに乗っている。信幸さんが始めるレストラン「ほうちん山荘」のマスコットは蛙だった。信幸さんの昔のニックネームがガマだったことが由来。現在は長女のゆきさんが帰省中で、孫のにこらさんもパートナーと来て手伝っていた。信幸さんは畑もやっているが、害獣被害にあった。駆除される鹿や猪はほとんど埋設処理で、それよりは食べたあげた方がいいとジビエ料理もレストランで作ることにした。
マイ・フィクションの番組宣伝。
静岡県のポツンと一軒家を訪ね、信幸さんに話を聞いた。信幸さんは猪肉と畑の野菜、自家製調味料で回鍋肉を作った。メニューに加えるかどうか家族に試食してもらった。猪肉の燻製は筋が硬く、下処理が課題だった。信幸さんはほうちんろう開店時の一番弟子・佐野さんに会いに行った。佐野さんは独立して中華料理店を開いていたが10年前に閉店した。信幸さんは佐野さんから各種120枚の器を譲ってもらった。営業許可も無事取得した。
TVerの案内。
- キーワード
- TVer
ほうちん山荘が開店初日を迎えた。30年以上前にほうちんろうで働いていた井出さんも手伝いに来ていた。お店では通常コースとジビエコースを用意。鹿肉の燻製は改良して柔らかくなっていた。最初の客は中学の同級生13人だった。にこらさんとパートナーのジェームスさんも接客を手伝った。その後孫の海琉さんとビデオ通話をつなぎ初孫の顔を見ることができた。信幸さんは90歳までは現役でやってみるつもりと話した。
