- 出演者
- 所ジョージ ビートたけし 逢坂良太 岩田絵里奈 近藤サト ケンドーコバヤシ いとうあさこ 逢坂良太 香音 吉野北人(THE RAMPAGE)
ケンドーコバヤシといとうあさこがたけしのイタズラを受けた。
キューバは近年、密輸の経由地になっている。あの手この手でどうにか麻薬を持ち込もうとする不届き者がわんさかやって来るという。キューバ国境警察に密着。ホセ・マルティ国際空港にコロンビアからの便が到着。空港警察は怪しい男を発見。ボディースキャナーにかけてみると、下半身が異常にモッコリしていた。
空港警察は怪しい男を発見。ボディースキャナーにかけてみると、下半身が異常にモッコリしていた。パンツとスパッツの間からコカインが見つかった。男には最大20年の懲役刑が科せられる。
空港警察はスリナムからきた男性の荷物をチェック。ヨルバ民族が神として崇拝していた像がでてきた。これをドリルで掘ってみると、コカインが出てきた。男は15年異常の懲役刑に処されることになった。
- キーワード
- キューバコカインホセ・マルティ国際空港
マイアミ行き便の手荷物検査が行われていた。女性のスーツケースに怪しい影が映った。お菓子の袋から札束が出てきた。
マイアミ行き便の手荷物検査が行われていた。女性のスーツケースに怪しい影が映った。お菓子の袋から札束が出てきた。日本円にして約3000万円。女性は家を売ったと説明。説明できないので一旦没収。警察に引き渡され取り調べを受けることになった。
ホセ・マルティ国際空港。観光にやってきたという2人のアフリカ人男性。シエラレオネとナイジェリアなぜか2つの国のパスポートを持っていた。シエラレオネのパスポートは偽造。ナイジェリアのパスポートは国を出るため。シエラレオネのパスポートを持っているとバハマにはビザなしで入国できる。2人はナイジェリアに強制送還された。
吉野北人は「今の技術なら何してもバレると思う」などと話した。
11月終わり、ソール・キンデリスはアメリカ・サン・ファン諸島を訪れた。ソールは友人のラリー・カイザーといっしょにカヤックをすることになっていた。ラリーは4時間も遅刻。辺りは暗くなっていたが2人は出発することになった。2人が渡っているのは危険なことで知られるロザリオ海峡。途中にあるストロベリー島に上陸し、その後、いろいろな島を周遊する旅だった。ソールはラリーの漕ぎ方をみて初心者だと思ったが、ラリーは小さい頃から乗っていると否定。どうにかストロベリー島近くにたどり着いた。上陸しようとしたが波が高いため、ソールは上陸できる場所を探すことに。ソールは岩場にハマり身動きが取れなくなってしまった。危ないので来るなと叫ぶも、ラリーは近づき衝突。どうにかストロベリー島に上陸。島巡りを断念し引き返すことに。持ってきたテントで一夜を過ごし、本土に戻ることにした。ルートは2つ。1つは先の島までいきフェリーで帰る。2つ目は来たルートを戻る。帰りのロザリオ海峡は潮の流れがもっとやばい。ラリーはイキがって来たルートを戻る方を選んだ。ラリーは荒波で全く進む事ができなかった。ソールは助かるためにはラリーをおいて、陸を目指し救助隊を連れてこようと考えた。
ソールは助かるためにはラリーをおいて、陸を目指し救助隊を連れてこようと考え、先に進んでいった。本土にたどり着きレスキュー隊に連絡。捜索が続けられたが見つからなかった。ラリーはカヤックから投げ出され凍える海を沖へ流されていた。突然、潮の流れが変わり、かすかな光が見えた。助かるかもしれないと思ったラリーは最後の力を振り絞り、陸にたどり着いた。救助隊のヘリに発見され、病院に運ばれた。その後、2人は一緒にカヤックで出掛けるようになったが、あのときの話しは一切しないという。
中国・昆明市のレストランで食事をしていたワンさん。普通に料理を注文しただけなのに会計が870万円超えだった。料理の写真をSNSに投稿したところ、メニューの2次元コードが映り込んでいた。SNSを見た人が勝手に読み取り料理を1万皿以上をいたずらで注文してしまった。お店はいたずらと分かったので料金を請求しなかった。
- キーワード
- 昆明市(中国)
1980年代初頭、アメリカとソ連は敵対関係にあり軍備を拡張。1982年11月、10歳のサマンサ・スミスがソ連のトップに「アメリカとソ連が核戦争をはじめるのでは?と凄く心配。あなたは戦争に賛成ですか?反対ですか?」と手紙を書いた。すると5ヶ月後、ソ連の書記長から自分の目で確かめて欲しいとソ連に招待すると返事が来てアメリカでもソ連でも大騒ぎになった。アメリカ政府はプロパガンダに利用するためと考えていた。1983年7月、サマンサはモスクワを訪問した。
1983年7月、サマンサはモスクワを訪問した。翌日から両国合わせて30人もの報道陣がついて回り撮影した。ソ連の人たちは可愛らしい親善大使に夢中になっていたという。4000人もの少年少女が参加するサマーキャンプにも出席した。2週間ソ連滞在し帰国。地元では盛大なパレードでお出迎え。しかし「利用されただけ」「ソ連にとって最高の宣伝になった」など批判の声もあった。お互いの出方を探り合ってる中、ソ連の戦闘機が韓国の旅客機を撃墜したという事件が起きた。乗客乗員が全員死亡。ソ連側は領空侵犯だと主張。これで米ソ関係は再びギスギスしたものとなった。サマンサはしばらくすると再び平和を訴え小さな親善大使として世界各地を訪問した。
世界まる見え!テレビ特捜部の番組宣伝。
しゃべくり007の番組宣伝。
3people 1minuteの番組宣伝。
TVerのお知らせ。
- キーワード
- TVer
1985年8月25日、サマンサを乗せた飛行機が着陸に失敗。サマンサを含む乗客乗員全員が死亡した。サマンサはテレビの収録を終え父親と家に帰るところだった。サマンサの葬儀には1000人以上が参列。ソ連でも大きなショックが広がった。サマンサがソ連を訪問して以来、多くの赤ちゃんにサマンサという名前が付けられていた。記念切手や小惑星など街中にサマンサの名前が付けられていた。そんな中、新たなリーダー・ゴルバチョフ書記長が誕生。サマンサの功績を称え、平和を目指しソ連を大幅に改革。冷戦終結へと繋がった。
- キーワード
- アメリカソ連ライサ・ゴルバチョフ
いとうあさこは「国レベルで言ったらもしかしたら策略があったかも。亡くなったあとに切手ができてました、名前がついてましたっていうのを見ると一般レベルの心の堺はないんだなって思いました」などと話した。