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きょうの世界遺産はチュニジアの古代ローマ遺跡。
アフリカ最大の古代ローマ都市カルタゴは絶頂期に何十万の人が暮らしていたという。ローマ帝国で3番目の年が築かれ、今も残るいくつもの遺跡が世界遺産になった。整備された街道が物流を支え、帝国の繁栄を後押しした。港はローマの宿敵だった都市「カルタゴ」が築いたもの。紀元前3世紀のカルタゴは北アフリカを支配。地中海の覇権を狙うローマにとって強敵だった。3度に渡り戦火を交え、100年以上に及ぶ戦いの末、ローマがカルタゴを落とした。紀元前29年頃、地中海交易の要衝としてカルタゴを再建。一帯はアフリカという名の属州として統治されていた。移り住んできたローマ人がローマに匹敵する文化と都市機能を併せ持つ最先端の街を築き上げた。
ローマ市民が好んだ公衆浴場をアフリカの地にも作った。地下で奴隷たちが薪を焚き、その上に浴槽やサウナを供えた複合施設が広がっていた。広さは野球のグラウンド2つ分もある。ローマ式浴場としてはイタリア半島にあるものを除いて最大。見えている遺跡の大部分は奴隷たちが働いていた地下空間。運動場やジムまで供えていた。ここで使われている石の多くはこの近郊で採れたもの。中にはエジプトやギリシャから運ばれてきた貴重な石も。
カルタゴの大浴場に使われたのは彼方の水源から運ばれた水だった。ザグーアン水道橋の全長は132km。古代ローマの水道橋としては最長とされ、18世紀まで使われていた。水道橋が1日で運んだ水の量は最大で学校のプール100杯分に上った。古代の栄華を今に伝える遺跡であることが評価され、カルタゴは世界遺産になった。
エル・ジェム円形闘技場が造られたのは約1800年前。ローマ帝国が各地に残した闘技場の中でもこれほど見事に形を留めていることは稀だ。ローマの闘技場では3番目の大きさ。ローマのコロッセオをモデルにしている。チュニジアは古くから良質なオリーブの産地だった。この街はオリーブの供給の要衝として発展し、市民の娯楽のために巨大な闘技場が造られた。エル・ジェムの郊外には今も広大なオリーブ畑が広がっている。属州アフリカは「ローマの穀倉地帯」と呼ばれていた。
エル・ジェム円形闘技場の地下にはライオンが入れられていた檻がある。血なまぐさい見世物に観客は熱狂した。アフリカにおけるローマ帝国の繁栄を物語る重要な建造物として世界遺産になった。古代ローマの技術を現代に受け継ぐ人たちがいる。モザイクの職人だ。
「世界遺産」の次回予告。
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