- 出演者
- 眞鍋かをり 織田信成 高橋茂雄(サバンナ) 鈴鹿央士 大原優乃
ミカエルさんが愛してやまないのは「そば」。そして13年前に日本食レストランで初めてそばを食べて虜になったという。そのそば麦教室に通ったりしたが、日本人の番組コーディネーターはミカエルさんが作ったそばがかたいと話した。ミカエルさんは調布市にある深大寺の一休庵に行きたいなど話した。招待したいが昨年のコロナの影響でリモートでそば打ちを教えてもらった。
オープニング映像。
そばを愛するフランス男性ミカエルさんのために一休庵の内野さんがニ八そばの打ち方を伝授。綿棒は猫の手にして伸ばしていくと説明。そして内野さんからミカエルさんにそば粉をプレゼントした。
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- 深大寺そば 一休庵
あれから1年、ミカエルさんとサンドリーヌさんを日本にご招待した。深大寺は参道を中心に18軒のそば店がありかつて米がとれずそばを献上したことが始まり。一休庵を訪れた。十割そばはつなぎに小麦粉を使わず蕎麦粉のみで製麺している。そばの実から仕入れ脱穀や製粉まで行っているという。みそかそばと節分そばを紹介した。大晦日と立春が近いことかが同時に済ませ大晦日にだけそばを食べる習慣が残ったという。
茨城県の森ファームを訪れた。玄ソバ最高峰の常陸秋そばを生産している。茨城は昼夜の寒暖差が大きく江戸時代からそばの栽培が行われてきた。玄ソバ1粒は約5mmでそばは成長が早く1年で2回収穫ができる。そばは他の植物の発芽や成長を抑える物資を含んでいて、約170年前のものでも発芽したという。一気にそばを収穫するため鮮度の良い状態を確保できる。
大内宿の三澤屋を訪れた。高遠そばは地元で採れたネギを箸代わりにする。昔の会津地方は肉と海産物が手に入らず野菜で出汁をとっていたという。大根おろしにはそばの栄養素を吸収させる働きがある。
岩手県の金婚亭を訪れた。岩手の郷土そば「わんこそば」発祥の地という。わんこそばは今から400年前に南部藩の殿様が江戸に行く途中に花巻城に立ち寄りそばが口に合わないと失礼になると少しずつ出し、殿様はそれを気に入り何度もおかわりをしたことから。
青森県弘前市を訪れた。津軽そばは平成13年に復活。野の庵で津軽そばの作り方を見せてもらった。前日から水に浸した大豆をすり潰してこし、呉汁に対し8%分の蕎麦粉を加えかき混ぜる。かつて津軽地方は米の不作が続き食糧難になり住民の食を支えたのがそばと大豆。そばとタンパク質豊富な大豆を組み合わせ厳冬を乗り切るそばを生み出した。呉汁と製粉した蕎麦粉をあわせ生地にしてカットし茹でる。
ミカエルさんとサンドリーヌさんは再び東京へ。ミカエルさんはそば打ちに挑戦する。
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- 東京都
ミカエルさんは十割そば10人前を作ることになった。蕎麦粉に水を振り分けることは至難の業でわずかに残った水を数回に分けて入れる。生地を伸ばして切り、ミカエルさんの打ったそばは1年前と比べて進化した。従業員らでミカエルさんの作ったそばを試食した。
従業員らでミカエルさんの作ったそばを試食した。別れの時、ミカエルさんは内野さんに東北の銘菓をプレゼントした。深大寺の境内でお別れした。
パラグアイ・イグアスは1961年に日本人移住地として開拓。遠く離れた家族に会いたいという日系の方をご招待する。
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- イグアスの滝イグアス(パラグアイ)
パラグアイで何年も日本に帰っていないという女性を密着した。ソフィアさんの父親は1936年に長崎からパラグアイに移民し、1947年に父が結婚しソフィアさんが誕生したという。その後、子宝に恵まれて10人の大家族になったという。ソフィアさんの弟たちはそれぞれ家庭を持ち、家族に少しでも楽をさせてあげたいと賃金の良い日本へ出稼ぎに行った。ソフィアさんも41年前にニッポンに短期教育研修に行ったが、パラグアイに戻り教師一筋の人生を送っている。定年後もソフィアさんは大学で勤務しているという。給料は日給制だが、嵐で道路が冠水し職場に行けない日も多く、月に6万円がやっとだという。
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- イグアス(パラグアイ)ボリビア長崎県
ソフィアさんとエレナさんが来日した。2人はソフィアさんの甥っ子と合流した。ソフィアさんは埼玉・坂戸市に訪れて、18年ぶりに弟と対面した。弟は「嘘だろ」と呟き驚いている様子だった。2人は抱き合い、弟は「急だから心の準備できてないよ」と本当に驚いていた。弟の家には、両親や兄弟たちとの家族写真が飾られていた。日本で辛かったときにもこの写真を眺めて元気をもらっていたのだという。一同は肉料理で食卓を囲んだ。ソフィアさんは両親が生まれ育った島を兄弟で訪ねて自分たちのルーツを探したかったという。日本で暮らす弟たちもまだ訪れたことがないそう。
ソフィアさんたちは、亡くなった両親の故郷・長崎県の久賀島に向かうために、福江島に訪れた。その後ソフィアさんたちは亡くなった両親の故郷・長崎県の五島列島、久賀島に上陸した。
地域の歴史に詳しいというミネ子さんから話を聞いたところ、ミネ子さんとソフィアさんの祖父は兄弟だったことが分かった。ミネ子さんとソフィアさんははとこになる。また、もう1人会えていない家族に会いに行く。
その後、29年会っていないという弟のフェリペさんと再会。2人は抱き合い再会を喜びあった。兄弟が顔を揃えるのは30年ぶりだという。一同は懐かしがっていた。富士山が見えるバーベキュー場でアサードを振る舞った。別れの時、互いに手紙を読み想いを伝えた。そして去年、スタッフはソフィアさんからのビデオレターをタデオさんたち兄弟に届ける。兄弟たちはまたバーベキューをしていた。日本の家族に会わせたい人がいるということでエレナさんの子ども達が登場。タデオさんはお孫さんたちと顔を見て話すのは初めて。お孫さんたちはいつかおじいちゃんと会いたいと話した。
2023年9月、タデオさんは孫に会うためにパチンコも控えて貯金していたが命に関わる病気になっていた。20年以上帰れていないパラグアイの娘や孫に会いたいという希望を叶えるため、息子たちが旅費を全部出すという。長男と弟も同行する。パラグアイに着き首都に住む親戚がお出迎えした。また、元Jリーガーの友人とも再会した。