2026年5月29日放送 22:30 - 23:30 NHK総合

時をかけるテレビ
池上彰 にっぽん家族の肖像 母と子 悲しみの淵から

出演者
池上彰 ドリアン助川 
(オープニング)
オープニング

オープニング映像。

オープニングトーク

今回、07年放送「NHKスペシャル にっぽん家族の肖像 母と子 悲しみの淵から」を再放送。ハンセン病患者として強制隔離された女性たちの人生を追ったドキュメンタリー。ハンセン病は感染力が弱いにもかかわらず患者は強制隔離され、強制的な堕胎・断種などの被害を受けてきた。スタジオゲストは作家でハンセン病を題材にした小説を発表しているドリアン助川。

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にっぽん家族の肖像 母と子 悲しみの淵から
にっぽん家族の肖像 母と子 悲しみの淵から

ハンセン病患者として強制隔離された日高トシ子さん。2歳の息子と引き裂かれ、身ごもっていた子どもを中絶させられた。現在84歳、1人で療養署に暮らしている。中絶させられた子どもは標本として療養所に残されている。今の楽しみは息子の一夫さんと会うこと。これまで母と離れて暮らしてきたが、会社を辞め療養所に近い鹿児島に移り住んだ。母の過去を知ったのは最近。

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ハンセン病日高トシ子鹿児島県

ハンセン病患者として強制隔離され、今も療養所に暮らす日高トシ子さん。療養所は鹿児島の国立星塚敬愛園。住人は280人。目の不自由な人のため音楽がずっと流れている。かつてハンセン病患者は療養所に強制収容され、薬で治せるようになったあとも国は隔離政策を続けた。政策の誤りを認めたのは01年。療養所の人はすでに治っているが、家族に迷惑がかからないようにとここに残っている人も。日高さんが入所したのは21歳の時。患者同士で結婚・妊娠し夫婦で脱走。当時療養所では中絶が当然だったため。逃れた先は日高さんの故郷・種子島。静かに生活していたところ、患者を見つけるための一斉検診により再び強制収容。感染していなかった当時2歳の息子は療養所内の保育所へ。身ごもっていた2人目は中絶させられた。当時妊娠7か月、日高さんは25歳。

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ハンセン病国立療養所星塚敬愛園種子島鹿屋市(鹿児島)

ハンセン病患者として強制隔離され、今も療養所に暮らす日高トシ子さん。国が調査したところ、全国6か所の療養所などでホルマリン漬けの胎児の標本が見つかった。星塚敬愛園では16体。57年前に中絶させられた日高さんの胎児も残されていた。扱いについて国の判断に時間がかかっていることから、日高さんらは実態を調査し胎児を供養するよう全国から集められた署名を厚生労働省に手渡した。国は親と胎児を対面させることと慰霊式を行うことは決めているが、親が分からない胎児も多く実現できずにいる。

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ハンセン病厚生労働省国立療養所星塚敬愛園永田町(東京)鹿児島空港

ハンセン病患者として強制隔離され、今も療養所に暮らす日高トシ子さん。日高さんの友人で同じ療養所に暮らす玉城さん。かつて我が子を中絶させられ、その胎児の行方は今もわかっていない。入所したのは20歳の時。妊娠7か月目で見つかり中絶させられた。10人きょうだいで賑やかな家族に生まれたが、今は1人ぐらし。子どもたちへの講演でこの経験を伝えている。子どもたちには家族や友達を大事にするよう呼びかける。

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ハンセン病国立療養所星塚敬愛園霧島市立富隈小学校霧島市(鹿児島)

ハンセン病の元患者などが暮らす療養所に毎朝通い続けている上野正子さんは80歳。夫は脳こうそくで倒れたあと症状が悪化し寝たきり状態。2人は同じ患者同士で19歳で結婚。以来2人だけで60年間過ごしてきた。夫は結婚当日に子どもが作れなくなる断種の手術を受けさせられた。上野さんは13歳で入所。療養所に行く直前、父にデパートで最高級のコートを買ってもらった。上野さんは晩年の両親の声を録音したテープを聞き返し、両親に愛された子供時代を思い出している。結婚して同じような家族を築きたいと夢見ていた。当時は強制とはいえ相談がなかった夫にも失望した。

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ハンセン病石垣島鹿児島港鹿児島県

ハンセン病患者として強制隔離され、今も療養所に暮らす日高トシ子さん。かつて中絶させられた我が子はホルマリン漬けで療養所内に保管されている。自室の庭で花を育てている。好きな花は桃で、子どもには「ももこ」と名付けていた。中絶から10年、もう一度故郷・種子島に逃れ次男を出産。病気がほぼ治っていた夫は子どもたちと島に残り、日高さん治療薬をもらうためやむなく1人で戻った。次男が療養所に訪ねてきた時の写真では、日高さんの顔の部分が潰されている。このころ日高さんは後遺症が出ていて、その6年後に子供が差別されることを恐れて離婚。長男は病に倒れた父の畑を守っている。父は日高さんからのお願いもあり後に再婚。以降、日高さんは自分のほうから子供たちに接触することを控えた。

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ハンセン病日高隆種子島

ハンセン病患者として強制隔離され、今も療養所に暮らす日高トシ子さん。かつて中絶させられた我が子はホルマリン漬けで療養所内に保管されている。次男とは去年、30年ぶりに再会。中絶させられたきょうだいの存在を明かして以降、頻繁に電話する仲になった。ほかの療養所では標本となっていた胎児との対面がすでに始まっている。日高さんはこの日、交渉のため東京へ。その帰り、息子夫婦と一緒に観光を楽しんだ。親子で旅行するのは初めて。

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浅草(東京)

ハンセン病の元患者などが暮らす療養所に毎朝通い続けている上野正子さん。この日、85歳で亡くなった夫の葬式。最後は生まれ育った故郷に帰りたいと願っていた。夫は結婚当日に断種の手術をさせられ、わだかまりもあったが上野さんと60年支え合ってきた。年の瀬は必ず2人で切り干し大根を作っていたが、今年は1人。夫が亡くなって半年、上野さんは「優しくて意思の強い人だった」「残念ではあったがそういう結婚だったと思う」と話した。夫へのわだかまりのことは語らず。

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ハンセン病

ハンセン病患者として強制隔離され、今も療養所に暮らす日高トシ子さん。かつて中絶させられた我が子はホルマリン漬けで療養所内に保管されている。2月、1週間後に胎児と対面できることが決定。その当日、棺に移された標本が運ばれてきた。日高さんは対面し「ごめんなさい」と涙。

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ハンセン病

ハンセン病元患者で夫を亡くした上野正子さん。4月、毎年夫婦で桜を楽しんでいた思い出の場所にやってきた。夫によく見せていたふるさとの踊りをし、「やっぱり思い出って大事」など話した。かつて中絶させられた我が子がホルマリン漬けで療養所内に保管されていて、供養を終えた日高さん。息子は母を故郷・種子島につれていきたいと考えている。遺骨は園内の納骨堂に納められている。日高さんは取材に対し、子供たちへの感謝の旨を語ってくれた。

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ハンセン病種子島
スタジオトーク

ここまで、07年放送「NHKスペシャル にっぽん家族の肖像 母と子 悲しみの淵から」を再放送。ハンセン病患者への断種・堕胎は96年まで続いた旧優生保護法による措置。すでに特効薬ができていたのに、日本だけは厳しい法律が施行され続けた。かつては癩病患者を0にするため密告を奨励する「無らい県運動」も起こっていたことから、「あるべき国の姿を思い描いてそれにはまらないピースを除外していくのか、問題が起きても1人1人の幸せを考えるのか、その考え方の違いの典型的なもの」と助川さんは指摘。

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ハンセン病上野正子
あん

ここまで、07年放送「NHKスペシャル にっぽん家族の肖像 母と子 悲しみの淵から」を再放送。スタジオゲストの助川さんは2013年にハンセン病を題材にした小説「あん」を出版。きっかけは若い人が「生きる意味は社会に役立つため」「役に立たない人間は生きている意味がない」と言っているのを聞いたこと。反論できないことを悔やみ、「どんな人にも生きる意味はない」ということを書こうと思った。以来ハンセン病について勉強し何度も絶望を経験。旧優生保護法は24年に違憲とされ、被害者への補償が始まったのは25年以降。差別を恐れ補償を申請できないという人も。患者の高齢化も進んでいる。助川さんは「差別の構造を見るべき」と話す。

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星塚敬愛園

「にっぽん家族の肖像 母と子 悲しみの淵から」に出演した日高トシ子さんは07年に死去、玉城しげさんは17年に死去。07年の番組放送時280人いた星塚敬愛園の入所者は現在46人。上野正子 さんは99歳。家事のサポートを受けながら今も療養所に暮らしている。そばには亡くなった夫の写真をいつも置いている。近所の学校で自身の体験を伝える活動は今も続けている。

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(番組宣伝)
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