- 出演者
- 石原良純 小泉孝太郎 渡辺瑠海 竹内涼真
「火曜の良純孝太郎」の番組宣伝。
ヨドバシカメラの屋上駐車場からは小田急線と横浜線が交差する線路を眺めることができる。町田が発展した鍵を握るのは横浜線。
2人は町田の発展の秘密を探るため、町田の駅前へ。石原は学生の時に来た時は何もなかったと話した。続いて商店街で町の歴史を知る方を尋ねる。大正8年創業「ヘアーサロン スエヒロ」の山下さんに町田の歴史を学ぶ。町田は昭和40年代、都市部への人口集中を避けるためベッドタウンとして開発が行われた。昭和30年代~40年代にかけて巨大な団地が駅周辺に次々と建設され、中でも随一の大きさを誇るのは総戸数4225の町田山崎団地。竹内涼真は中2まで町田山崎団地で暮らしていたという。町田発展の鍵を握るのは横浜線の開通。江戸時代中期から生糸の街として栄えた八王子から絹を輸出する際、横浜港への中間地点となった町田は大きく賑わったという。そして明治41年、貨物線として横浜線が開通した。小田急線・町田駅の近くには町田の発展の始まりとなった絹の道の痕跡があるとのこと。
小田急線・町田駅の近くには町田の発展の始まりとなった絹の道の痕跡がある。町田市立自由民権資料館の学芸員・松崎さんに案内してもらい、移動しつつ古い写真と町並みを見比べるなどした。当時の面影を残す「富澤商店」は大正8年創業。
大正8年創業「富澤商店」は製菓・製パン材料を販売し全国93店舗を展開。元々は乾物店として創業した。住民に町田あるあるを聞き込みしたところ「東京なのに神奈川県と間違えられる」「神奈川県町田市で郵便が届く」などがあがった。JR町田駅南口エスカレーターは東京・町田市と神奈川・相模原市の県境にある。東京・町田のヨドバシの立体駐車場は県境にありカーナビが大混乱になるという。
馬肉専門店「柿島屋」でイチオシメニュー「馬刺し(上)」「肉なべ(上)」に舌鼓を打った。「肉なべ(上)」は一煮立ちしたらみそベースの出汁でしゃぶしゃぶしていただく。
東京・町田市は元々神奈川県だったという。飲料水となる玉川上水を管理するため東京が神奈川県に多摩地区の地権を明け渡すよう要求したことが理由の一つ。また明治半ば、自由党が躍進し神奈川県知事と対立。自由党の基盤となっていたのが町田を含んだ南多摩郡。神奈川県知事は辞職を避けるため多摩地区を全て手放した。
「火曜の良純孝太郎」の番組宣伝。
