- 出演者
- 福澤朗 今田耕司 菅井友香 野々村真 こがけん
オープニング映像。
野々村真のお宝はカル・リプケン・ジュニアのグローブとサインボール。本人評価額は100万円で鑑定結果は123万円。
新潟県新発田の春泉の肥田野尚之さんが依頼人。築140年の建物を改装して去年レストランをオープン。料理はおまかせだけ。包丁も自作。自ら鉄を打っている。お宝は土方歳三にまつわる11代 和泉守兼定の刀2振り。200万と180万円だったといういい状態のお宝。
土方歳三も愛した名工11代和泉守兼定の刀を鑑定。本人評価額は400万円だったが、鑑定結果は450万円だった。2本の内、1本は慶応3年の鍛えが柾目と呼ばれるもので、直刃で切れ味は一番のため、軍人に好まれた。もう1本は安政7年でこしらえがしっかり残っており、評価が高かった。
ミュージックスターのお宝鑑定大会。ゲストはこがけんさん。
高校時代からレコードなどをコレクションしていた森谷敏光さんが鑑定にだしたのは、1970年代を代表するイギリスのロックバンド「レッド・ツェッペリン」の1976年発売の7thアルバム「プレゼンス」のオブジェ。プロモーション用にジャケット写真掲載のものと同型を1000店制作。世界各国の要所にゲリラ的に配置する予定だったが、事前に情報が漏洩し、中止に。その後、一部が市場に流出したようで、森谷さんは27年前にコレクターズショップで4万円で購入したという。本人評価額は27万円だったが、鑑定結果は15000円だった。鑑定結果はレプリカであった。本物は全く反射しないという。
依頼人の森田勇樹さんはザ・ビートルズのポール・マッカートニーが大好きで、来日ライブには欠かさず参加しているという。鑑定にだしたのは、2018年11月5日の両国国技館でのライブを記念して作られたポスターであり、相撲の番付風のポスターである。本人評価額は1万円。鑑定結果は10万円だった。ポールが大相撲の大ファンで、大相撲をやっている会場でもコンサートがしたいとのことで、東京ドームとナゴヤドームの間に急遽1日だけ日程が組まれたという。
今野芳彦さんは、YMOグッズ3点を持ってきた。1980~1981年のフジ・カセットのキャンペーン賞品で、内容は高橋幸宏さんデザインのテクノシャツやバンダナなど。本人評価額は5.5万円。
今野芳彦さんが持ち込んだYMOグッズ3点の鑑定額は16万円。
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吉田圭作さんが持ち込んだのはジェフ・ベックのサイン入りストラトキャスター プロトタイプ。ジェフ・ベックは、エリック・クラプトンやジミー・ペイジと共に、世界三大ギタリストと称されている。吉田さんはこれを100万円で購入したため、本人評価額は100万円。鑑定額は500万円で、サインは本物と証明された。
志村一男さんが持ち込んだのはミック・ジャガーのサイン。47年前、志村さんがアメリカ・ニューヨークで会社員をしていた頃、仕事帰りに同僚と日本食レストランに訪れたときに、ミックと会ったという。手頃な紙が見当たらなかったため、給与明細の裏にサインをもらったという。本人評価額5万円に対し、鑑定額は20万円。ミック・ジャガーはあまりサインをしないアーティストであることなどから、大変貴重なものだという。
お宝は、日本を代表する洋画家のすごくカッコイイ抽象画。戦後、ニューヨークで銀行の支店長をしていた祖父から受け継いだ。祖父は、1950年頃、富士銀行のニューヨーク支店開設のため渡米。帰国後は取締役を務める。祖父がニューヨークで知り合った画家から、直接譲り受けたもの。長年、無造作に飾っていたが、チャットGPTに「本物ならいくら?」って聞いたら、「最低でも300万円」って言われてビックリしたという。依頼品は、猪熊弦一郎の抽象画。依頼人は「元々、絶対本物と思っていたが、いざ鑑定団に出るとなると、自信を持っている人ほどニセモノだったりするケースもあるから、今は半々な気持ち」と話した。猪熊弦一郎は生涯、新たな画風に挑戦し続けた画家。1902年、香川県高松市の生まれ。19歳の時、東京美術学校西洋画科に入学。23歳で結婚すると、同年妻をモデルにした「婦人像」が帝展に初入選。以降、毎年のように入選を果たした。当初その画風は、写実に徹し、色彩も控えめだったが、やがて、ピカソやマティスに強い憧れを抱くと一転、対象を単純化して捉え、色彩も鮮やかに。モダンな表現へと変貌し、一躍画壇の寵児となった。35歳の時、念願のフランスへ留学。そこで、マティスに真っ先に会いに行ったが、マティスは猪熊の絵を見るなり、「ムッシューイノクマはピカソが好きだね。君の絵はうますぎる」これはすなわち、猪熊の絵にはオリジナリティがなく、技巧に頼っているだけという、痛烈な批判であった。猪熊は深く恥じ入り、ゼロからの再出発を心に誓う。「マドモアゼルM」はパリ時代の代表作。ヒザを抱え腰掛ける女性のまっすぐで力強い眼差しは、猪熊の切迫した決意の表れである。しかし、渡仏から2年後、第2時世界大戦の激化により、やむなく帰国。終戦後は、積極的にパブリックアートに挑戦する。慶應義塾大学学生ホールの壁画「デモクラシー」や、上野駅の「自由」など、いずれも戦争で傷ついた人々を励ましたい一心で描いたもの。また三越の包装紙もデザイン。千葉の海岸で拾った石がモチーフで、人々が荒波に耐える石のように強くなって欲しいとの願いを込めた。やがて猪熊は、純粋な抽象画を描きたいとの思いに至り、果敢に筆を振るったが、具象すなわち形を捨て去りきれず、苦悩する。転機が訪れたのは52歳の時、再び渡仏すべく日本を発った猪熊は、途中立ち寄ったニューヨークの熱気と自由な空気に創作意欲を掻き立てられ、そのまま20年あまりを過ごした。車や人の動きを真上から見下ろした「マンハッタンA」。高層ビルを横に倒した「Landscape」シリーズ。平行線や幾何学模様を駆使し、リズミカルで色彩に溢れた全く新たな画風を切り開いていった。アメリカの雑誌アートニュースは「猪熊弦一郎は、再び、日本の洗練と、フランスのエレガンスと、国際的なバイタリティを微妙に混合させ、これぞ抽象性というものを示している」と称賛している。1993年90歳で他界。亡くなる直前まで創作を続けた生粋の画家であった。依頼品の額の裏には、おそらく本人の筆で、「黄色の中の構図」というタイトルが記されている。1957年は、ニューヨーク滞在3年目。抽象画を我が物とした頃である。もし本物なら、猪熊の画業を語るうえでも貴重といえる。
お宝の写真とエピソードを添えて、ご応募を。詳しくは番組ホームページまで。
鑑定額は1500万円。猪熊弦一郎の作品で、本物だった。中央に細い線で四角が描かれていて、その中に白・黒・赤で強く塗り込められていて、大きな画面の中に、もう一つ小さな絵が存在しているような猪熊独特のリズム感がある。
ワールドビジネスサテライトの番組宣伝。
