- 出演者
- 福澤朗 今田耕司 北川彩 小田井涼平 菅井友香 加賀翔(かが屋) 賀屋壮也(かが屋)
オープニング映像。
本日のゲストはかが屋。独特なネタを生み出す加賀さんは岡山県備前市生まれ。中学生のときダウンタウン松本さんの番組を見てお笑いに目覚め、大阪のNSCに入学。ピンのコント師として腕を磨いていたが、漫才が主流の関西には活躍の場がないかもと半年で辞めて上京。賀屋さんは広島県呉市出身。国語教師だった母の影響で小学生のころから平家物語を暗唱できるほど勉強に励み東京学芸大学に進学。教員免許を取得したが、お笑いが好きだったため放送作家になるのもいいなと考えていた。そんな2人の出会いはアルバイト先のコンビニ。当初はシフトが重ならず面識がなかったが、店の忘年会で顔を合わせ意気投合。2人の名字を組み合わせかが屋を結成。加賀は毎月100個のネタを考え、結成からわずか4年半でキングオブコント決勝進出。
かが屋・賀屋さんのお宝は「大きな壺」。小学校の校長をしていた祖父がボーナスを骨董品につぎ込むマニアで祖父が亡くなり、母が整理し残ったもの。なんでも鑑定団も初回から見ていたという。母が来ている。坪の中に李王朝初期と紙が貼ってあった。本人評価額は100万円。鑑定結果は12万円。清王朝末期の景徳鎮民窯。南京染付の花生。
- キーワード
- テレビ東京 開運!なんでも鑑定団
千葉県九十九里浜の一宮海岸から。次なる依頼人は直井由希子さん。サーフィンを始めたのは50歳で子育てが一段落したタイミングで挑戦。直井さんは父の仕事の都合で6歳から5年半リオデジャネイロで生活し1984年の帰国の際父親がお土産として天然石を買ったとのこと。水晶・アメジスト・メノウなどがあった。12年前父が他界して親族で石を分けようとしたが親族は拒否。着物の買取業者に石のことを相談したところこの中の一つが世界三大希少石の1つかもしれないと言われた。お宝は「パライバトルマリンの原石」でブラジルのパライバ州で発見されたトルマリン。。世界三大希少石は「アレキサンドライト」、「パパラチアサファイア」、「パライバトルマリン」。トルマリンとは単一の鉱物の名称ではなく様々な元素が入り混じったケイ酸塩鉱物の総称。色は無色透明から・赤など多彩でカメレオンジェムと称される。 マンガンを含むと赤や黄、鉄を含むと青や緑、二色が混ざったバイカラー、三色が混ざったトリカラー、スイカのような見た目のウォーターメロンもある。
- キーワード
- Scala Archivesエイトール・ディマス・バルボサエチオピアオートクチュール宝飾サロンJ.C.BARツーソン(アメリカ)ナイジェリアハナジマバターリャ鉱山パライバトルマリンパライバ州(ブラジル)モザンビークユニフォトプレスインターナショナルリオグランデ・ド・ノルテ州(ブラジル)リオデジャネイロ(ブラジル)一宮海岸五幸商会千葉県日本宝石研究所日本彩珠宝石研究所
蛍光ブルーのパライバトルマリンは内部の銅に起因するが銅がケイ酸塩鉱物に含まれることは稀で青く輝く宝石は他に見ない。最初に確認されたのは1982年ブラジルパライバ州。鉱山作業員エイトール・バルボサが初めて石を見つけるとその後は私財を投げ売って探し回り、6年後にパライバ州のバターリャ鉱山でついに発見した。採掘地にちなんでパライバトルマリンと名付けられた宝石は1989年アメリカのツーソンで行われた「チーソン ジェム&ミネラルショー」で披露されると注目の的になり価格が上昇した。その後はリオグランデ・ド・ノルテ州やアフリカのナイジェリア・モザンビーク・エチオピアでも見つかったがいずれも産出量が極めて少ない。1カラットあたりの価格が最高峰で、去年12月のクリスティーズオークションで22.4カラットが出品されると約1億5000万円で落札された。依頼品のパライバトルマリンの原石は母石が石英でパライバトルマリンの長さは約6cm。ブラジル産の青い石にはブルートルマリンやアクアマリンもある。パライバトルマリンなのか確かめるべく事前に蛍光X線分析装置で成分を分析したが鑑定はいかに?
パライバトルマリンの原石を鑑定する。本人評価額は1000万だったが結果は5万円で、石はアクアマリンだった。パライバトルマリンは銅とマンガンで色が出るがこの石からはどちらもほとんど含まれていなかった。アクアマリンは酸素・ケイ素などを含んでおり石の含有比率もあっていた。もしパライバトルマリンだったら1000万円はいってもおかしくなかったとのこと。
今回の舞台は岩手県・二戸市。浄法寺地区は古くから漆の里で生産量は日本一を誇る。この漆を用いた特産品の浄法寺漆器は、落ち着いた色合いで使い込むほどにツヤを増し手に馴染んでいくのが魅力。今年開湯400年を迎えた金田一温泉郷は江戸時代、南部藩の指定湯治場だったことから”侍の湯”と呼ばれる。またこの地は幸運をもたらす妖怪座敷わらしが出没するとされ、緑風荘・槐(えんじゅ)の間には、亀麿という座敷わらしが今も住み着いていると言われている。司会の2人は敷地内に建つ亀麿神社で出張鑑定の成功を祈願した。
”割烹旅館おぼない”の大建さんは若女将となって今年で15年目。宿の自慢は自家源泉から引いた温泉。さらに大建さんは「ウチは世にも珍しい”おしゃべり旅館”なんです」と語る。旅館に訪れた客へフランクにコミュニケーションを図るよう心掛けているそう。今回のお宝は「ゼンマイ式ブリキのバイク」。夫が大のバイク好きであることから、”おぼない”はバイク乗りの客がとても多く、その中のバイク雑誌の元編集長から出産祝いとしてプレゼントされたものだという。側面のゼンマイを巻くとバイクは縦横無尽に走り回る。本人評価額は期待を込めて「20万円」を提示。古くて価値があるかもと思いこれまで子どもたちにはあまり遊ばせてこなかったという。鑑定の結果は残念ながら「2000円」。司会者は「これで(子どもたちは)心置きなく遊べますね」とフォローした。鑑定士によると、三幸製作所というところが今から10年ほど前に2000円で販売していたとの事。10年、20年と経てば価値は上がっていくかも、とした。
釣りが大好きだという森古さんは普段ブリなどを釣るという。自撮り写真では60cmほどのイナダを手にしている様子が写っており、写真について森古さんは「魚に関しては無加工だが、お腹が出ていたのでAIでスマートに修正した」と語った。今回のお宝は”五味清吉の裸婦画”、大きさは60号となる。五味は岩手県出身の画家で大正から昭和にかけて活躍したという。この画は今年の4月にリサイクルショップで一目惚れして手に入れた物だという。はじめは10万円の値段だったが、販売していた店主に相談すると5万円まで値下げしてくれたという。本人評価額は「30万円」。鑑定結果は「50万円」となった。客席にいた森古さんの奥さんも驚嘆の声を上げた。鑑定士によると五味清吉本人の作品で間違いないとし、若書きであるが人物の表情が幽美で上品な仕草であるなど女性の美しさを描き切っており、五味らしい非常に気品の高い一枚であると評価した。
ヨガインストラクターの内田さんが登場し、小田井さんがお腹を引き締めるヨガのポーズに挑戦した。お宝は、板谷波山の牡丹画の色紙。先日、リサイクルショップで880円の額を購入したところ、中に入っていたという。本人評価額は本物なら20万円はするという予想。
板谷波山の色紙、結果は10円だった。ギャラリーやすこうちの安河内さんは、板谷波山の作品ではなく、「波山」という号を持った人が描いた昭和ぐらいの絵だという。また板谷波山とは、葉の先の鋭さが全く違うと話す。もし波山の作品であれば300万円はするそうだ。
- キーワード
- ギャラリーやすこうち板谷波山
老舗書店の店主・一守さん。二戸市のとなり一戸町にある一守書店は、1929年創業。一守さんは2001年から3代目店主を努めている。お宝は、一戸駅で売られていた駅弁の掛け紙18枚。かつて一戸駅では、蒸気機関車の連結が行われ、停車時間が長く、様々な駅弁が販売されていた。中には、「平野屋」という弁当店が戦前に販売していたもの。本人評価額は5万円。結果は5万円。北原照久さんは、状態がよく、掛け紙を見ることで、一戸駅の弁当屋の歴史が見えるという。
マイおちょこを持ち歩いている藤原さん。お宝は、森田茂の油絵。ネットオークションで10万円で落札したという。本人評価額は10万円。結果は100万円。山村浩一さんは、森田茂本人の絵で間違いなく、80歳を迎えたころに描いた一枚だと思うなどと話した。
福井県あわら市からの依頼人の志賀さんは宮大工をやっている。代々宮大工の家計で、高校卒業後父のもとで修行。この道約60年の大ベテラン。設計から施工まですべて請け負い、建物全体を改築したり、細々とした修繕をしたりこれまで北陸3県を中心に200以上の寺社仏閣を手掛けてきた。父は大の骨董好きで毎月骨董商が訪ねてくるほどだったという。40年ほど前、骨董商が父に勧めていたもので、父が「お前が買え!」と言ったという。そのときは150万円だったという。そのお宝は、芝山細工の置物。芝山細工とは、文様の形に加工した貝・象牙・鼈甲・珊瑚などを漆塗りの面にはめ込む装飾技法。各種の素材をはめ込む技法を象嵌という。様々な種類があり、その多くは表面を平に仕上げるが、芝山細工は文様を立体的に表現。江戸時代後期、上総国芝山村出身の小間物商が考案したのが始まり。印籠や根付などは諸大名の間で評判を呼び、大名家から将軍家への献上品にもなったほど。1859年に横浜が開港すると、芝山細工は一大転機を迎える。外国人貿易商の目に止まり、たちまち欧米からの注文が殺到。彼らが好んだ理由は、多様な素材を使い分ける繊細にして絢爛たる美しさと、何よりも装飾が立体的で他の工芸品と比べてひときわ華やかだったこと。当初職人たちは浅草を拠点にしていたが、輸出の増加とともに輸送の手間を省くため横浜に移り住んだ。折しも欧米で開催された万博でジャポニスムブームが巻き起こったことも追い風となり、芝山細工は東洋のモザイクと呼ばれ珍重された。最盛期には花瓶や置物なども商品から、棚や衝立といった大作まで様々な品が作られ海を渡った。長らく輸出工芸品の華として隆盛を誇ったが、関東大震災で多くの職人が離散。さらに横浜大空襲で壊滅的な被害を受け一気に衰退。現在この技術を継承する職人はわずか数名。
お宝大募集。お宝の写真とエピソードを添えて応募。あて先は郵便番号106-8007、テレビ東京・開運!なんでも鑑定団係。詳しくは番組ホームページへ。
ワールドビジネスサテライトの番組宣伝。
