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オープニング映像。
慈恵病院がこうのとりのゆりかごを開設したのは蓮田理事長の父、先代の太二氏が理事長を務めていた2007年。ドイツで視察したベビークラッペを山行に開設を決めた。こうのとりのゆりかごは慈恵病院の申請を受けて熊本市が設置を許可し、運用が続けられている。子どもが預け入れられると病院は警察と熊本市児童相談所に連絡。警察は事件性がないかを確認し、児童相談所は身元を調査する。身元が判明すれば親の居住地の児童相談所に移され、判明しなければ熊本市の乳児園で過ごし養育の道を探る。専門部会は母親が匿名で預け入れることで子どもの出自が不明になってしまう問題をたびたび指摘しているが、慈恵病院は匿名性は必要と主張している。
慈恵病院で内密出産をした女性を取材。女性は性被害での妊娠で、行政の相談窓口は対応が冷たく死ぬしかないと思ったという。友人にこうのとりのゆりかごを教えてもらい、出産した赤ちゃんは特別養子縁組を前提に里親へ託された。ある日の午前7時過ぎ、空港にいた蓮田理事長は内密出産を希望する遠方の女性を迎えに行った。その後、女性は慈恵病院で内密出産をした。
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内密出産を希望する女性は親には「友達のところに行く」と言って慈恵病院にやってきたという。出産後、蓮田理事長は女性に5日間くらい赤ちゃんと一緒に過ごしたいという人もいるがどうするか確認すると女性は「やめておきます」と答えた。ただ赤ちゃんの将来のために一緒の写真だけは撮らせてもらった。2021年12月以降27人が内密出産し、うち11人が匿名を撤回した。
2021年6月、熊本市のゆりかご専門部会は市長に報告した。子どもの出自を知る権利について、子どもが実の親を知ろうと思ったときショックを受けることが想定される情報であってもその子の求めに応じてできうる限りの努力を行っていかなければならないとした。母親の匿名性と子どもの出自を知る権利という対立する2つの問題は平行線のまま。内密出産で生まれた赤ちゃんは児童相談所を通じて一定期間乳児院で過ごす。熊本市の慈愛園では50代になってもなお自らの生い立ちを問い合わせてくる人がいるという。
出自を知る権利や子どもへの真実告知について一定の指針作りをする場が初めて発足した。蓮田理事長の申し入れに熊本市が応じ、共同で設置することになった。検討会は2024年末までに報告書をまとめる予定。こうのとりのゆりかごに預け入れられ成長した10代の祐也さんは、2歳で小林さん夫妻に迎えられ14歳で特別養子縁組を結んだ。祐也さんは自分のことを知りたいと話した。
こうのとりのゆりかごに預け入れられその後小林さん夫妻と特別養子縁組を結んだ祐也さんは、熊本で預け入れられた当時を知る児童相談所の当時の所長を訪ねて話を聞いた。