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2011年に山田は名門ジュビロ磐田に入団した。大卒1年目から日本代表からドイツで活躍。創造性あふれる活躍で魅了した。しかし、36歳を迎える一ヶ月前に引退を決断した。J1 崖っぷちのシーズン終盤にクラブから契約を更新しないと告げられていた。現役最終戦で4度目の降格に。建築士の父に一番最初に引退を伝えていたという。父はその出来事に寂しかったと答えた。
去年の11月には引退セレモにニーが行われ、プロ生活14年、国内ではジュビロ磐田一筋だった。
2025年に静岡県浜松市に山田は新居を構えた。設計は父に依頼し新生活のスタートと引退のタイミングは奇跡的に重なった。山田には2人の息子がいる。4歳の長男はダウン症で、生まれてすぐに診断されたという。両耳が聞こえないと診断された時に途方にくれたと語った。山田のサッカー人生は順風満帆だったわけではない。外で遊ぶのが好きだった山田。4歳でサッカーに出会い、5歳から磐田の下部組織でプレー。小学生の頃は浜松市の選抜チームで全国優勝も経験。しかし中学に入ってから、身長の伸びが遅い、左足を骨折する大怪我に見舞われ、3年間ほとんど試合に出ることができなかった。しかし家族の支えがあったという。
山田には忘れられない出来事がある。プロ入り10年目の2021年の冬、ある児童養護施設を訪れた時のことだった。子どもたちが山田にJリーガーになりたいと答えていたという。家族と離れ、経済的にも恵まれない環境。ある少年の言葉は山田の心に深く響いた。小学3年生にしてすでにサッカー選手を諦めたという言葉いろいろと気付かされたという。長男の誕生、少年との出会い、山田はチームメイトだった小川大貴らと共に法人を作った。その名もRe:Frame。子供たちを地域を支える新たな枠組みという意味を込めた。まずはコーヒーショップと協力し、選手たちがブレンドしたオリジナルのコーヒーマメを販売。検品や梱包は、就労支援施設の障害者が担う。売上はRe:Frameの活動資金にあてた。
山田たちNPO法人が掲げる夢は、常設の子供食堂を掲げること。2024年5月、協賛社の社員食堂を借りて一日限定のこども食堂に挑戦した。食事の提供だけでなく目指す姿は楽しみながら学ぶ多機能型。子どもたちには元気に育ってほしいと考え、山田は長男の1歳の誕生日に息子がダウン症を公表した。当初全く聞こえなかった耳は回復してきているという。山田は今障害を持つ人達と一緒に仕事がしたいと考えている。
スポーツメーカーと作るTシャツに障害者が描いたイラストを採用し、ここにメッセージを添えた。山田はその想いにYou’re the SPECIAL としたが、今の日本には特に必要なものなどと語った。 雨のヤマハスタジアムでは、サポーターが集まるこの場所でTシャツを販売することに決めた。誰もが特別な存在だからこそ、障害の有無にかかわらず支えあう社会にしたいと考えている。山田が出会ったサッカー少年は中学生になったが今も諦めていないと話しているという。
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Re:Frameのプロジェクトが動き出した。浜松こども基金は山田が現役時代から構想をねってきた。この基金は子どもたちの社会課題を解決するため奔走するNPO法人や市民団体を助成する支援事業。山田はこの場で伝えたい思いがあったが、長年ジュビロ磐田を長く牽引してきたキャプテンとしての責任と感謝。2024年11月のヤマハスタジアムでの現役ラストマッチ。勝利が絶対条件の中、1対1で迎えた後半44分にクラブの命運を握るPKのチャンスがやってきた。山田はPKの場面で、J1の残留がかかった試合でリーグ通算52得点目。最高のラストゴールに。今度は自分が子どもたちの地域の力になりたいと考えている。動き始めた浜松こども基金は発起人1000人が目標。
現役を引退しても忙しい毎日。サッカー解説の仕事にNPO法人やこども基金への協力のお願い。山田は今ジュビロ磐田のPRやスポンサーとの連携を深める仕事を担っている。選手時代に比べると睡眠時間も減った。山田たちの夢を叶えるぴったりな物件も見つかり、2年前までカフェとして営業していた建物。常設のこども食堂にはちょうどよい。食事の提供だけでなく学習や体験もできる。数千万円かかる物件に即決はできない。ところが人気の物件は迷っている間に人手に渡ってしまった。山田は今経営学修士のNBAを取得するためにNPOの仲間と大学院にかよっている。
山田は子供たちが自らのアイディアで出店に挑戦するワークショップにNPO法人も招かれた。Re:Frameなど3団体に寄付された売上の一部を社会貢献にあてる。山田はここであるボランティアの取り組みが気になった。世界には貧困にあえぐ子供たちがいる。住むところをなんとかしてあげたいという大学生の取り組み。彼女たちは春休みを利用してカンボジアへ。日本で全国平均で9人に1人の子供が貧困に苦しんでいる。なんとかならないかと山田は考えている。これまでに50以上の企業や団体が協賛に手を当ててくれたがまだ一歩にすぎない。一つの団体では資金や人手が足りない。山田の地元ではゴールデンウィークには風物詩となっているまつりがある。初孫を祝って大凧を空高くあげる浜松まつり。山田は障害をもって生まれた子供に不安があったが、今では幸せだと感じられると答えた。