2011年3月11日、世界最悪レベルの原発事故を経験した東京電力福島第一原子力発電所。当時周辺の自治体など12市町村に批判指示が出され、最大約16万人が県の内外に避難した。福島県は約12%に一時避難指示を出し、現在も約2.2%が帰宅困難区域で自由に立ち入りができずにいる。2014年まで2期8年福島県を率いた佐藤元知事は国や東京電力に正確な情報提供を求め、事態の早期収束に奔走した。2011年3月30日、東京電力の勝俣恒久会長(当時)は福島第一原発の1号機から4号機の廃炉を表明した。2011年8月11日に福島県は復興ビジョンを策定し、原子力に依存しない社会づくりを掲げ、原発から再生可能エネルギーに大きく舵を切った。2012年3月、再エネ推進ビジョンを改訂し、2040年頃を目処に県内エネルギー需要量の100%以上に相当する量のエネルギーを再生可能エネルギーで生み出す県を目指すとした。議論をリードしてきた九州大学の東之弘特任教授は当時00%を謳うために逆算して目標立てたのだと明かした。再エネから作られた電気を電力会社が一定価格で一定期間買い取るFIT制度(固定価格買取制度)も追い風となり、福島県は2023年度にエネルギー需要の54.9%まで拡大させた。目標達成に向けて大きな原動力となるのは太陽光発電所であり福島県内に212で最大出力は全国1位となっている。一方で波紋も大きくなっており、メガソーラー建設のためにまた山が削られた。