現在の山梨県南アルプス市にあった「豊村」。1940年から160人超が大陸に渡り、満州開拓団として四道河に入植した。開拓団にとっては終戦が悲劇の始まりだった。開拓村は現地の武装集団に取り囲まれ、団員らはダイナマイトで集団自決した。郷土史研究家の相原さんは「自分たちで死んだように思うけどそうじゃなくて殺されたと思う」「日本ですね」と語る。当時5歳で、奇跡的に生存した石丸美智子さん。この時父親は出征中で不在。母、姉、弟が集団自決で亡くなった。その後石丸さんは中国人に育てられるも、1980年代まで日本の地を踏めなかった。石丸さんは中国残留孤児として1988年に帰国。悲しみは今も癒えることはない。
住所: 山梨県南アルプス市小笠原1060-1
