最初のフシギは、栃木県を流れる鬼怒川のすぐ近くにある1200年ごろ創建の佐貫観音院。境内には高さ約64mの大きな岩があり、その前で参拝客が何かを探していた。岩の中央付近、地上約40mの高さの場所に縦約3m、横約1.6mの仏像の顔が描かれていた。一体どうやって描いたのか。さらに顔から10mほど上の、地上約50mのところに扉があった。しかし扉につながる道はない。岩の裏側に回り捜索するも、扉に通じる穴などはなかった。扉は何のために作られたのか。
2015年、扉を交換する「御開帳」という行事が行われ、長年閉ざされた扉が136年ぶりに開かれた。大勢の参列者が見守る中、当時副住職だった住職の渡邉克尚さんが命綱をつけて岩を登り、扉の前に到着した。お清めの儀式を行い扉を開くと、中からは約300年前に作られた木製の地蔵菩薩が見つかった。扉がついた穴は、地蔵菩薩をおさめるための奥の院だった。渡邉住職は「ありがたいものを目線より高い場所におさめるという理由と、防犯の理由もあったのではないか」などと語った。仏像の顔について、渡邉住職は「平安時代から鎌倉時代の間に、盛り土をしながら掘っていったと伝わっている」などと語った。巨大岩の次回の後開帳は、2077年を予定しているという。
2015年、扉を交換する「御開帳」という行事が行われ、長年閉ざされた扉が136年ぶりに開かれた。大勢の参列者が見守る中、当時副住職だった住職の渡邉克尚さんが命綱をつけて岩を登り、扉の前に到着した。お清めの儀式を行い扉を開くと、中からは約300年前に作られた木製の地蔵菩薩が見つかった。扉がついた穴は、地蔵菩薩をおさめるための奥の院だった。渡邉住職は「ありがたいものを目線より高い場所におさめるという理由と、防犯の理由もあったのではないか」などと語った。仏像の顔について、渡邉住職は「平安時代から鎌倉時代の間に、盛り土をしながら掘っていったと伝わっている」などと語った。巨大岩の次回の後開帳は、2077年を予定しているという。
