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「社会党」 のテレビ露出情報

石原伸晃さんは1990年に衆院選初当選、2010年~は谷垣総裁のもと幹事長を務め、今年6月に政界を引退した。石原さんは「選挙の弱い方、特に若い方で創価学会が最大の支持母体だと真面目に言う人がいるので、そういう方にとっては(自公連立解消は)痛手でしょうし、地方の郡部などに行くとまだ保守の根があるので、自力で選挙をやる人は『これで自民党らしさが発揮できる』となると思う」などと話した。きょう午前には国民・玉木代表が定例会見、午後1時半~は自民・国民、午後5時~は立憲・維新・国民、午後には公明・国民の幹事長会談が行われる。石原さんは「鈴木幹事長は財務大臣が長かったので、他党の方との話は委員会の席くらいしかない。ですから今ここで(国民民主・榛葉幹事長と)信頼関係を作りたい。政治にはハーモニーがあって、波長の合う人・合わない人がいる。榛葉さんも鈴木さんも穏やかな方なので冷静な議論にしていただきたい」などと話した。もともとは立憲・野田代表が「(玉木代表が)首相を目指すならいろいろなところを含んでまとめるということ。その度量もないといけないので、ご自身も“のりしろ”を持って協議に応じてほしい」「玉木代表は有力な選択肢」としていた。玉木代表は連立について「安全保障政策・エネルギー政策など基本戦略で一致できることが条件」としている。安全保障について立憲は現行の安保法制の意見部分の廃止を目指している。対する国民は現行法制を前提に自衛のための反撃力を保持したいと考えている。原発については立憲は「新増設しない、原発ゼロ社会」、国民は「新増設推進」。石原さんは「影の主役は野田さんだと思っている。立憲の流れを汲んでいる旧社会党が『自衛隊は憲法違反、非武装中立』とまで言っていた政党。そこの党首である村山富市さんが自民党・さきがけ・社会党の連立政権、小沢一郎さんと喧嘩して出てきて政権についた。ただ我々も一番心配していたのは自衛隊を合憲ではないと言ったらすぐに破断になると思っていた。そうすると最初の所信表明で村山富市首相が『自衛隊は憲法違反ではない!合憲であります!』と言った時に議場がすごい熱に侵されたくらいのことがあった。野田さんの気持ちはわかるが、村山さんでさえ非武装中立から『自衛隊は合憲だ!』と言った。その血脈を継いでいる立憲民主党の党首なので、それをやれば野党の連合は十分考えられると思う」などと話した。まもなく両院議員総会が行われる。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年10月14日放送 13:55 - 15:49 TBS
ゴゴスマ(ニュース)
金子は、公明党の連立離脱をめぐり、自民党内では、高市総裁の責任を指摘する声があがっているが、小泉氏も、公明党が否定する副首都構想を掲げる維新と連携しようとしていたし、誰が総裁になっても結論は変わらないという公明党の斉藤代表の発言を信じるならば、自民党は、高市総裁を支持しなかった人も含めて、一枚岩になって高市総裁を支えないといけないなどと話した。きょうは、この[…続きを読む]

2025年10月8日放送 8:00 - 9:55 テレビ朝日
羽鳥慎一モーニングショーニュースをわかりやすく 羽鳥パネル
視聴者からLINEで質問・意見を募集している。パネルコーナーはTVer・ABEMAで配信中。
きのう自民党の新執行部発足後自民党・公明党の幹部が顔を合わせ高市総裁・斉藤代表・両党の幹事長が政策を協議した。斉藤代表は「一番時間を費やしたのは政治とカネの問題。結論には至っていない」などと話した。公明党は右派色が強い高市総裁に警戒感があり連立離脱もちらつかせて揺[…続きを読む]

2025年10月5日放送 7:30 - 8:55 フジテレビ
日曜報道 THE PRIME(ニュース)
公明党・斉藤代表がきのう、自民党・高市新総裁と会談後に政治とカネ、靖国参拝、外国人の共生といった3つの懸念の解消無くして連立はないと離脱を仄めかした。また、維新の副首都構想は受け入れられないとしている。古川氏は「自公のスタンスが決まらないとその先は無い。」、藤田氏は「自民党総裁選で公明党の政策的配慮を誰も言わなかったため怒っているという話を聞いた。都構想につ[…続きを読む]

2025年10月2日放送 21:00 - 22:00 NHK総合
ニュースウオッチ9自民総裁選2025
立民、国民、維新の間には温度差も。自民はこれまでも組む相手を変えながら多数を確保してきた歴史がある。平成6年には禁じ手とも言われた社会党などとの連立によって政権復帰。しかし連立を組むことが単なる数合わせになってはならない。新総裁選出後、早速1つの山場を迎えそう。

2025年9月28日放送 8:00 - 9:54 TBS
サンデーモーニング風をよむ
細川内閣は過去の政治資金問題への責任を取る形で発足からわずか8ヶ月で総辞職となり、細川氏は当時の8党派連立政権を振り返って「政治改革という共通目標があった最初の内は連立が機能していたが、時間が経つに連れて様々な政策案で右派と左派の統一した意思決定を取ることができなかった」など話した。細川氏の退任後連立は社会党とさきがけの離脱によって崩壊し、その後自民党が社会[…続きを読む]

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