松島さんが処分しなかった宝物の市松人形をスタジオに用意した。松島さんが子役の頃、撮影所で淋しいだろうと母が買ってくれた。母が認知症になってひどい荒れようになったが、施設は絶対に嫌だと言い張り、松島さんが介護をした。波乱の人生を歩む松島さんだが、ケニアでライオンに噛まれたことは有名。ヒョウにも噛まれたことがあり、大けがをした。ライオンとヒョウに噛まれた人として海外では新聞にも載り有名になった。その後、テレビ番組によるケガに関するインタビューは10年間ほど断っていた。しかし、ある日永六輔さんが番組で松島さんを「ライオンの餌」と紹介した。