地震から40時間が経過し、名取市消防本部は捜索をメインに行う検察活動帯を編成した。わずかな望みをかけて隊員たちは懸命に探し続けた。しかし時間を追うごとに生存者は少なくなっていく。そんな中で閖上1の浮き輪が閖上一丁目地内で発見されたと報告があがった。その付近には車両もありその中で2名の遺体が見つかったという。地震から97時間経過した15日夕方に、要救助者残り2名が救助された。車内に取り残されていた4人の女性を救出。これが最後の生存者となった。地震から100時間で名取市消防本部が救助したのは460人。閖上地区では754人が犠牲になった。閖上地区出張所の隊員3人と、消防団員16人が帰らぬ人に。震災後に名取市消防本部では地震災害時の消防マニュアルを改定し、津波到達予想時刻の10分前までに退避を完了すると定めた。25年7月にはロシア・カムチャツカ半島沖の地震の影響で宮城にも津波警報が発表された。
