88歳の冨永照子さんが東京・浅草で向かったのは、先月行われたサンバカーニバルの打ち上げ。冨永さんは、1981年に始まり今年40回目を迎えた「浅草サンバカーニバル」を立ち上げた人。冨永さんの本業は浅草にある「手打ちそば 十和田」の4代目おかみだが、店には冨永さんに相談があると多くの人がやってくる。「東京おかみさん会」は全国各地に支部があり町おこしイベントや準備などを行う組織だが、冨永さんは「ニッポンおかみさん会」の代表を務めている。冨永さんは浅草でサンバを始めたことをきっかけに全国の商工会などからよばれ、約1000回の講演を経験した。冨永さんは各地を訪れる中で、「おかみさん会」の重要性を訴えたという。浅草の街を走る2階建てバスも、冨永さんの発案で導入したもの。1978年当時は法律の車高制限があったが、運輸大臣に直談判し実現したという。冨永さんは「一過性ではなく形として残るものを」と話し、京都の舞妓さんを参考に始めた「振り袖さん」もその1つ。まだまだ現役の伝説のおかみは、今後の活動について「あと2年で90歳だから、そこでバトンタッチするつもり。それまではお世話をする。趣味が“町おこし”だから」などと話した。
