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「牛島満司令官」 のテレビ露出情報

1945年5月22日、第32軍は米軍が首里に迫ってきたため多くの住民が避難していた南部への撤退を決めた。逃げた先にいた住民などが戦闘に巻き込まれ、沖縄戦で亡くなった人の半数が犠牲になったと言われている。瀬名波さんは「南部撤退がなければ何万もの住民を犠牲にしないでよかった」などと話した。いわば第32軍司令部壕は沖縄戦の悲劇の始まりの地。多くの住民を戦禍に巻き込む決定を下した司令部。南部撤退を決めた牛島満司令官の孫、元教員の牛島貞満さん。40歳を過ぎてから祖父が残した戦争の責任を探し続けている。住民や元兵士から祖父のことを教えてもらい、どうやって返したらいいのかお礼をしたらいいのかといったら、教員なので沖縄戦の本当の姿を子どもたちに伝えたいという。住民の犠牲者を増やした南部撤退を自分ならするかしないか、この日は豊崎中学校で生徒に問いかけた。参加した生徒は「日本兵が住民に嘘の情報を流していたという話が印象的」「一般住民を巻き込んでいるのはウクライナもイスラエルも一緒。同じようにはなってほしくない」などの声がきかれた。戦争体験者が年々少なくなる中、事実を伝える戦跡をどう活用し未来に繋いでいくか。瀬名波さんは「沖縄戦の実相を伝える永遠の語り部にしたい。それが第32軍司令部壕」などと述べた。

他にもこんな番組で紹介されています…

2024年6月23日放送 1:25 - 2:20 NHK総合
NHKスペシャル戦い、そして、死んでいく~沖縄戦 発掘された米軍録音記録~
1945年6月、沖縄戦はすでに2か月を超えていた。5月末に日本人司令部のある首里を制圧し事実上の勝敗は決していたが、日本軍は最南端へ撤退しながらの持久戦を決断。そこには大勢の住民も避難していた。録音記録には鉄の暴風と呼ばれたアメリカ軍の砲撃音が残されていた。壕に立てこもって抵抗を続ける日本軍を前に、アメリカ兵たちの声は狂気を帯びていった。ランキン伍長は日本兵[…続きを読む]

2024年6月22日放送 17:30 - 18:50 TBS
報道特集(特集)
第32軍が創設されたのは沖縄戦開戦の1年前、1944年3月22日。その後、実際の配備が始まると、一気に沖縄は日本軍の色に染まっていった。男性が入学したばかりの県立農林学校にも突然日本軍が入ってきた。今も立つ校門には無数の弾痕が残っている。男性は「司令部になった。すっかり学校生活は変わった。寮を追いやられた。校舎はすべて軍が接収した」と語った。その価値観に染め[…続きを読む]

2024年5月23日放送 5:00 - 6:00 NHK総合
NHKニュース おはよう日本(ニュース)
沖縄戦で旧日本軍が造った司令部壕の新たな映像。司令部壕は旧日本軍の第32軍が造った。当時1000人以上がいたと考えられている。場所は首里城の地下で、攻撃に耐えられる強い地盤だったこと、戦況を把握しやすい高台だったことから選ばれた。全長およそ1キロの坑道が、南北に縦断するように掘られている。4年前に第5坑道の映像が公開され、新たに第2、第3坑道が撮影された。そ[…続きを読む]

2024年5月22日放送 19:00 - 19:30 NHK総合
NHKニュース7(ニュース)
沖縄戦で、旧日本軍が造った司令部壕の新たな映像。司令部壕は旧日本軍の第32軍が造った。当時1000人以上がいたと考えられている。場所は首里城の地下。攻撃に耐えられる強い地盤だったこと、戦況を把握しやすい高台だったことから選ばれた。全長およそ1キロの坑道が、南北に縦断するように掘られている。4年前に第5坑道の映像が公開され、新たに第2、第3坑道が撮影された。そ[…続きを読む]

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