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「田中角栄大臣」 のテレビ露出情報

国民民主党・無所属クラブの浅野哲が質問。児童手当と補装具費支給制度の所得制限を撤廃した際、政府はどのような理念・考え方に立ってその判断をしたのか。同じ障害のある子供を対象としながら特別児童扶養手当や障害児福士サービスの所得制限を残し続けていることは矛盾しないのか。また、国として実態を調査した上で特別児童扶養手当や障害児福祉サービスについても所得制限の撤廃を検討すべきではないか。黄川田仁志が回答。児童手当については少子化傾向に歯止めがかかってない事を踏まえ、全ての子供達の巣立ちを支える基礎的な経済支援としての位置づけを明確化することで撤廃した。子供の補装具については子供の成長に応じて頻繁に買い替える必要があり、障害のある子供の日常生活と成長に欠かせないものであることから障害のある全ての子供たちからその成長に合った補装具を使うことが出来るよう、令和6年4月から所得制限を撤廃した。デイサービス等の障害児支援については1割の自己負担を原則としつつ、過剰な負担とならないよう保護者の所得に応じた自己負担額の上限を設定している。その上で、令和元年10月以降は3歳から5歳の障害児に関わるサービスの利用者負担を所得に関わらず無償化するなどの見直しを行った。児童手当等における所得制限と障害児支援に関わるサービスの利用者負担はそれぞれの政策の趣旨や位置づけが異なると考えている。障害児支援に関わるサービスの利用者負担は制度の持続性や公平性等を踏まえて設定しており、その見直しについては慎重な議論が必要。
上野賢一郎が回答。現在、障害児のニーズに応じた現物給付である障害福祉サービスの支援、世帯の取得状況に応じて支給される現金給付の支援を行っているが、全体として個別のニーズや状況に応じた支援策を講じてきている。児童手当と障害児に係る支援策との間にはそれぞれの政策の趣旨や位置づけが異なっているので、障害児に関しては同様に所得制限が設けられている全額公費負担、または保険料の拠出のない他の制度との均衡などを踏まえて特別児童手当等については所得制限を存続させてきた。障害児に対する福祉サービスの給付額については、平成24年度以降令和6年度までに1000億円~1兆円強へと10倍に増加させるなど、ニーズに応じて大幅に拡充をしてきているところである。こうした状況や安定財源を確保する必要があるなど、制度の持続可能性の課題もあるので今後とも制度の適正な運営には務めていく考え。
浅野哲が質問。特別障害者手当の制度趣旨は、障害があることによって生じる精神的・物質的な特別な負担の軽減の為の手当であり、年収には関係がないので所得制限という考え方が不適切と思われる。所得制限水準の根拠、あるいは廃止も含めた見直しを求める。上野賢一郎が回答。所得制限の基準額については二十歳前に障病を負った場合の基礎年金等に準拠して設定している。特別障害者手当については、支給者数と予算額共に年々増加傾向にある他、近年の物価上昇を踏まえて支給額の増額の改定を行ってきている。
特別扶養手当など主な障害者福祉手当の所得制限は全て撤廃したとしても、必要な財源は約400億円と試算されている。この規模であれば介護保険制度や運営推進費など年間の不要額の中でやりくりすれば十分に賄える。僅かな決断で障害のある人たちの未来の景色を総理が大きく変えることが出来る。そのためにも障害福祉策に係る所得制限について実態把握を含む総合的な検証を行うことを約束して欲しい。高市総理が回答。毎年度確実に支払いが行われるように必要な予算額を確保している。これを削減してその結果生じる国庫負担の源を他の施策にあてることは困難。制度の持続可能性も見据えながら適正な運営に努めてまいる。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年1月26日放送 10:25 - 13:55 TBS
ひるおび(ニュース)
1972年、田中角栄総理が日中共同声明に調印した1ヶ月後、日中国交正常化を記念し、中国から上野動物園に、パンダのカンカンとランランが贈られ、日本はパンダブームに。上野動物園では、長蛇の列ができ、混雑のあまり入場が制限された。1986年、上野動物園で、パンダの繁殖に成功。トントンが誕生した。1992年には、日中国交正常化20周年を記念し、リンリンが来園し、上野[…続きを読む]

2026年1月25日放送 20:54 - 23:09 フジテレビ
Mr.サンデーサンデーDOCS
日本人がパンダの虜になったのは、今から50年以上前のこと。1972年、パンダが初来日した。1986年には赤ちゃんパンダが誕生し、名前の募集には全国から27万通の応募が殺到したという。最初に来日したランランが急死した際には慰霊祭が営まれ、その死を悼んだ。日本人のパンダへの熱狂の原点を探ると、1人の人物にたどり着く。上野動物園の第4代園長・浅野三義さんはパンダ来[…続きを読む]

2026年1月25日放送 0:10 - 1:10 NHK総合
ザ・プロファイラー(パンダと日本人の50年史 パンダをめぐる冒険)
1960年代、多くの日本人にとってジャイアントパンダは未知の動物だった。山奥に生息するため世界に知られたのも約150年前。1869年に中国を訪れたフランス人宣教師がパンダを知った。毛皮と骨を送ると剥製が作られ、不思議な姿が話題になった。1937年にアメリカで生きたパンダが公開されると大人気に。黒柳徹子は、アメリカにいた報道カメラマンの伯父にパンダの人形を買っ[…続きを読む]

2026年1月24日放送 19:30 - 20:50 NHK総合
新プロジェクトX半世紀の悲願 北陸新幹線 〜飯山トンネルを穿て〜
昭和39年、日本は新幹線の誕生に沸いた。東京から大阪を4時間で繋ぎ高度経済成長を支え大都市に豊かさと繁栄をもたらした。一方で北陸は取り残されていた。金沢から上野は特急でも8時間かかった。昭和35年12月、上野駅発急行「北陸」。乗客はふるさとで過ごす正月を楽しみにしていた。しかし大雪のため100時間かかって富山にたどり着いた。1万5000人が家族と新年を迎える[…続きを読む]

2026年1月24日放送 1:37 - 2:04 NHK総合
熱談プレイバックランラン カンカン物語
今も日本を賑わせるパンダの先駆けとなったのは半世紀以上前にやってきたランラン・カンカン。2頭の受け入れの裏には飼育員らの悪戦苦闘の日々があった。昭和47年9月29日、当時の総理大臣・田中角栄は中国との国交を樹立。官房長官の会見でパンダ一対が日本に贈られることが報告された。当時、パンダは四川省の山奥に1200頭生息すると言われる希少動物。官房長官に呼び出された[…続きを読む]

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