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「第二次世界大戦」 のテレビ露出情報

チコちゃんが「船出の時に紙テープを投げるようになったのはなぜ?」とクイズを出した。正解は森野庄吉さんが助け船を出したから。神戸大学の藤本昌志教授の解説。船出の紙テープは日本人が考え日本でしか行われていない。1899年、当時22歳だった森野庄吉さんはカナダのバンクーバーへ渡りその後アメリカ・サンフランシスコに移り宿や雑貨店の経営を始め実業家として大成功を収めた。1915年のサンフランシスコ万博に参加していた笠井商店は「櫻紐」というラッピング用の紙テープを出品したが当時のアメリカでは布製のリボンが使われていたため大量の在庫を抱えてしまった。そのとき異国の地で困っている日本人の噂を聞いた森野庄吉さんは売れ残った紙テープを大量に買い取った。森野さんは世界各国の船が停泊していた港で船に乗る人たちに対し「紙テープで最後まで別れを惜しむ握手を!」と売り始めた。森野さんの経営する雑貨店は港の近くにあったそうで普段から港で別れのシーンを見ていてアイデアがひらめいたと思われる。森野さんのアイデアは大当りし紙テープはほとんど売り切れたという。紙テープを使ったセレモニーは人気となりアメリカだけでなく上海やオーストラリア、ハワイなど世界中で行われた。しかしその後すぐに世界恐慌や第二次世界大戦が起こり船旅ができなくなった。戦争が終わると移動手段が船から飛行機に移り、紙テープによる海洋汚染の問題もあり船出の紙テープは廃れ今では日本でしか見られなくなった。日本は海外に比べ人との別れを大切に傾向がある国民性のため最後まで別れを惜しむ紙テープが残ったとされる。鹿児島港を出港するフェリーみしまでは紙テープのセレモニーは終点の黒島で行われるという。港には子どももいて投げると危ないのでいまどきの紙テープは1本の棒に通し先端をまとめて船につり上げて陸とつなげて行われていた。最近では水に溶けやすく環境に優しいパルプ紙で作られている。

他にもこんな番組で紹介されています…

2024年11月18日放送 19:00 - 21:00 日本テレビ
世界まる見え!テレビ特捜部◯◯のおかげで助かりましたSP
イタリア・ローマにあるファーテベネフラッテリ病院。ここには第二次世界大戦のときの謎の感染症にかかったユダヤ人たちが収容されていた。感染症の名は「K症候群」。K症候群はナチス・ドイツ軍をあざむくために医師がでっち上げた架空の感染症だった。1940年、イタリアはドイツと協定を結び第二次世界大戦に参戦。1943年9月、連合国軍がイタリア本土に侵攻するとイタリアは無[…続きを読む]

2024年11月17日放送 15:30 - 16:30 TBS
行くぜ地球の特等席!ロマンチック少年ボーイ(行くぜ!“地球の特等席” ロマンチック少年ボーイ)
「ワルシャワの奇跡 3万5000枚の風景画」を紹介。第二次世界大戦中、ワルシャワにナチス・ドイツが侵攻。爆撃され、街の8割が壊滅状態となった。終戦後、ワルシャワの市民は故郷を取り戻すため、街を描いた風景画やスケッチを集めて建物を再建することにした。集めた風景画は3万5000枚。計画開始から50年かけて再建、このプロジェクトには建築業者から一般市民まで無償で参[…続きを読む]

2024年11月12日放送 15:50 - 19:00 日本テレビ
news every.(ニュース)
1918年に創業し東京・江東区森下で、関東大震災や第二次世界大戦で2度店が燃える災難に遭いながらも100年余の間営業を続けてきたCDショップ「マエダ楽器店」。もともとは楽器店で、2階にはスタジオも併設。吉幾三らも利用したという。しかし商品の仕入れをしていた夫で3代目社長・光生さんが病気で療養することになり、CD離れも進んでいることから今月末をもって店を閉じる[…続きを読む]

2024年11月10日放送 12:00 - 12:55 テレビ朝日
ビートたけしのTVタックル(ビートたけしのTVタックル)
第2次世界大戦集結から続く日米関係の問題とは?

2024年11月7日放送 23:50 - 0:35 NHK総合
映像の世紀バタフライエフェクト(映像の世紀バタフライエフェクト)
第二次世界大戦末期にソ連軍はドイツ占領下の東欧に進出していた。1945年にポーランドがドイツから開放されるとポーランド人はドイツ人に復讐した。開放されたポーランド人やユダヤ人に変わってドイツ人が強制収容所に入れられた。チェコスロバキアもドイツから開放されて、国内からドイツ人を一掃するという布告を出した。東欧各地のドイツ人への報復の犠牲者は少なくとも8万人を超[…続きを読む]

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