大越キャスターが沖縄県糸満市の摩文仁から中継でリポート。沖縄戦の末期、軍人も民間人も南へ南へと追いやられ摩文仁の丘に辿り着いた。付近には多くの自然の洞窟「ガマ」があり、人々はその中で息を潜めていた。しかし万策が尽き、集団自決に至る例も枚挙にいとまがなかった。ガマの中からはたくさんの遺骨が見つかっているが、誰のものなのか、どうやってここに至ったのかは誰にもわかっていない。6月23日に軍は組織的な戦闘を諦め終結したが、その数日前に学徒兵には解散命令が出されていた。学徒たちは何の援護もなく戦火の中に放り出され、アメリカ兵に切り込み殺されたり、自決に追いやられたりする人が絶えなかった。「沖縄師範健児之塔」には、沖縄師範学校の生徒と職員319人の氏名が刻まれている。今もウクライナやガザでは、罪のない市民の命が奪われ続けている。そしてイスラエルが先制攻撃を仕掛けたイランとの戦争に超大国であるアメリカが参戦し、中東の火薬庫で現実に火花が散っている。国益という名目のもとで人の命を粗末に扱う行為を決して正当化してはならないと、沖縄の戦場は今も訴えかけている。