桜田門は皇居南側の入口にあたり、井伊直弼の屋敷はそこから約400mほど離れていた。1860年3月3日午前、大雪が降るなか、井伊直弼らは桜田門へ向かっていたところ、18人の水戸藩浪士に襲撃された。現場は現在の警視庁前にあたる。実は井伊は居合の達人で、新心新流という流派をおこすほどの実力者だが、従者である彦根藩士たちは襲撃に恐れをなして多くが逃走。河合敦氏は「彼らはアルバイトで、命を捨てるまでの勇気はなかった」と話す。寒さも影響して彦根藩士たちの戦いぶりは精彩を欠き、井伊直弼は命を落とすこととなったという。