去年からNHK福島放送局で始まった語り部クロス。武田のこれまでの取材経験が番組制作のきっかけとなった。以前勤めていた長崎放送局では、原爆について伝える語り部を取材してきた。福島でも語り部を取材。中でも若い人たちに様々な悩みがあることが分かった。東北の語り部はどんな悩みを抱えているのか。アンケートを災害伝承が専門の研究者に分析してもらった。全国の語り部と比べ、悩みとして多くあげられたのは、周囲の無関心だった。さらに、活動と仕事との両立も悩みとして多くあげられた。
宮城県石巻市、「震災遺構 大川小学校」。東日本大震災で、児童・教職員計84人が犠牲になった。ここで語り部をする永沼悠斗さんは、仕事と活動の両立に悩む1人。大川小学校に通っていた弟と、祖母・曾祖母を津波で失った。震災から5年後、大学生の時に語り部として活動を始めた。永沼さんが語り部を始めた当時は、同世代の仲間が数多くいた。しかし、時間が経つにつれ、若い世代が活動から離れていくようになったという。悩む永沼さん。自分と同じように仕事をしながら活動を続けている長崎の語り部に会いに行くことにした。
アンケートを寄せてくれた田平由布子さん。田平さんもまた、同世代が少なく孤独感を抱いていた。5年前から語り部として長崎の被爆の記憶を伝えている。1945年8月9日、長崎に原爆が投下された。被爆者はどんな思いで生きてきたのか、田平さんは直接話を聞き取る活動を始めた。被爆者が少なくなっていく中、受け継いだ記憶を途絶えさせたくない。その思いで仕事と両立しながら活動を続けてきた。2人は、就職などのタイミングで辞めてしまう人が多いと話した。田平さんは、仕事との両立で新たな機会があったという。違う分野にいる人と交流したり仕事することは価値があると話した。対話は2時間に及んだ。
宮城県石巻市、「震災遺構 大川小学校」。東日本大震災で、児童・教職員計84人が犠牲になった。ここで語り部をする永沼悠斗さんは、仕事と活動の両立に悩む1人。大川小学校に通っていた弟と、祖母・曾祖母を津波で失った。震災から5年後、大学生の時に語り部として活動を始めた。永沼さんが語り部を始めた当時は、同世代の仲間が数多くいた。しかし、時間が経つにつれ、若い世代が活動から離れていくようになったという。悩む永沼さん。自分と同じように仕事をしながら活動を続けている長崎の語り部に会いに行くことにした。
アンケートを寄せてくれた田平由布子さん。田平さんもまた、同世代が少なく孤独感を抱いていた。5年前から語り部として長崎の被爆の記憶を伝えている。1945年8月9日、長崎に原爆が投下された。被爆者はどんな思いで生きてきたのか、田平さんは直接話を聞き取る活動を始めた。被爆者が少なくなっていく中、受け継いだ記憶を途絶えさせたくない。その思いで仕事と両立しながら活動を続けてきた。2人は、就職などのタイミングで辞めてしまう人が多いと話した。田平さんは、仕事との両立で新たな機会があったという。違う分野にいる人と交流したり仕事することは価値があると話した。対話は2時間に及んだ。
住所: 福島県福島市早稲町1-2
URL: http://www.nhk.or.jp/fukushima/
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