- 出演者
- 松下奈緒
オープニング映像。
栃木・那須塩原市は塩原温泉郷で知られれる日本有数の温泉地帯。生乳産出額は全国2位。那須ガーデンアウトレットもあり、年間約751万人が訪れる関東屈指の観光地。東京から新幹線で70分と立地が評価され、かつて海部俊樹首相が首都機能移転を提案。新たな街づくりが期待され、渡辺美智雄元副首相が誘致に尽力した。渡辺美知太郎市長は孫。費用がかかりすぎるなど理由で2003年に構想は頓挫。那須塩原市・増渕剛さんには期待感があった。渡辺市長は街の復活を目指している。一方、34mの津波で町が消えるといわれる町は缶詰で土佐料理を作っている。
TVerで配信中。
- キーワード
- TVer
那須塩原市・伊東勇太さん。MuSuBuは様々な市町村の魅力を次々と発信する店。運営するのは八芳園。2020年から自治体のPRをプロデュースしている。那須塩原市もその縁で伊東さんを受け入れた。9ヶ月間の研修で街を活性化させるヒントを掴むことが課せられている。伊東さんは生まれも育ちも那須塩原市。大学卒業後、市の職員となり17年間、地元のために働いてきた。12月下旬、伊東さんは研修先である八芳園の井上社長を那須塩原市に招待した。案内したい場所は工場。出迎えたのは島倉産業の3代目・島倉さん。70年以上の歴史をもつ会社で作っているのは経木。木を削り作るため湿気防止・抗菌作用がある。地場産業を支える島倉さんを支えられないかと伊東さんは井上社長を案内したという。経木は赤松から製造。かつて那須塩原市は経木の街と呼ばれるほど多くの工場があった。だが20軒ほどあったが1軒となり、作ることができるのは2代目と職人のみ。井上社長がもう一度、極薄の経木を作って欲しいと提案した。伊東さんが引き合わせたことで思わぬ展開となった。1月、経木に興味をもった井上社長が伊東さんを八芳園で使う家具を製造する工場を案内した。経木をインテリアとして活用することを考えていた。島倉産業では極薄の経木に挑もうとしていた。目指すは0.04ミリ。4月下旬、伊東さんは出向から戻りリニューアルオープンする道の駅 明治の森・黒磯をもてなす。八芳園のシェフを招きスムージーを先着100名に無料配布した。また経木を使ったワークショップも開催した。そこに生産者も現れた。
4月17日、マグニチュード6.6の地震が発生し高知・宿毛市や愛媛・愛南町で震度6弱を記録した。東日本大震災の翌年、政府はマグニチュード9レベルの南海トラフ地震が起きれば沿岸地を巨大津波が襲うと公表した。中でも全国イチ大きい津波が予測されたのは高知・黒潮町。34.4mの大津波が遅い町が消えると報道された。町では34メートルを逆手にとっていた。
高知・黒潮町では南海トラフ地震が起きた場合、全国一の34メートルの津波が襲い町が消えてしまうと報道された。2011年に約1万3000人いた町民は2024年には約1万人に減少した。市は役所を高台にあげ全世帯を対象に津波対策のカルテを詳細に作り上げた。防災に力を入れる街作りに町民一体となり取り組むようになった。黒潮町では年2回、町民全員参加の避難訓練が行われる。逃げ込むのは津波避難タワー。地上8階、230人を収容できる。避難タワーが6機、作られ水や食料が備蓄されている。缶詰には34Mと書かれている。
町が出資して作られた缶詰製作所。「34M」がトレードマーク。従業員は20人ほど。街の人たちによる手作りで雇用対策にも一役買っている。誰でも食べれるようアレルギーの原因となるものは入っておらず、カラフルなパッケージでお土産としても人気。年間約1億円以上売り上げる。工場を取り仕切る友永公生さん。設立から10年、新たな挑戦をしている。皿鉢料理は高知ならではの料理で缶詰で作りたいという。ご飯物は炊き上げが難しく納得のいくものが出来ていない。米農家を救いたいと考えていた。施策は休日等にたった1人で行う。東日本大震災が発生し5日後、友永さんは派遣され目の前の光景に愕然とし1枚の写真を見るたびに思い出すという。思いをともにする仲間・塩つくりの浜田さん。天日塩は缶詰の旨味を引き出してくれる。11月上旬、缶詰製作所に産業フードプロデューサーの中村さんが訪れた。定期的に訪れアドバイスしてくれる。この日はご飯物の方向性を決める。中村さん自身、避難所生活の経験がある。非常食だからこそ美味しいものにしたいこだわりは一緒。目指すは若い人にも好まれる缶詰、避難所でさえ食べたくなる缶詰。ヒントをもらい試作の日々。3月下旬、黒潮町は防災の町と知られ県内外からツアーが訪れる。地元ボランティアが案内する。
ガイアの夜明けの番組宣伝。
テレ東BIZで配信中。
- キーワード
- テレ東BIZ
「ワールドビジネスサテライト」の番組宣伝。「新幹線輸送網 地方の危機を救う?」。