- 出演者
- 大島優子 小堀敏夫(ガッポリ建設) 室田稔(ガッポリ建設) きゃりーぱみゅぱみゅ 植草美幸 吉岡里帆 武居由樹 小田結希(オダウエダ) 星愛美
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あれから8年が経った2025年の夏。48歳のきららさんは今も自分らしい行き方を追い続けてていた。あの頃と同じアパートに住み、あの頃と同じ日雇い生活。部屋もそのままだった。変わっていたのは行水にお湯を使えるようになっていたこと。当時かかえていた450万円以上の借金はどうなったのか聞くと、支払いが不可能になった時点で自己破産となったという。くず米は白米になっていた。
キャンディ・H・ミルキィさん、69歳の男性。少女漫画に憧れてこの名を名乗り、コスプレという言葉がなかった40年以上前から女装を続けている。キャンディさんの住まいは下町のマンション。キャンディさんは3人の息子の父親でもあるが、すでに全員自立して家を出ている。今は一人、自由気ままな人生を過ごしている。23歳で恋愛結婚をした。私たちがキャンディさんに出会ったのは今から30年近く前。家族に内緒で借りた4畳半のアパートにドレスや制服など200点以上を置いていた。この日は女装せずに週に5日の清掃の仕事をする。
2024年11月。キャンディさんは72歳。2025年3月、キャンディさんの玄関には酸素ボンベが並んでいた。長男の付き添いで病院にむかうと、キャンディさんは集中治療室に直行だった。すぐに駆けつけてきたのは孫娘だった。3日後、キャンディさんは旅立った。
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- 大田区(東京)
坂田佳子さんは10代で家を飛び出し、28歳で歌手に転身した異色のジャズシンガー。洒落にならない傍若無人を繰り返しいくつもの店を出入り禁止になった。それでも酒をやめられず、たどり着いた三角公園。そんな自分と向き合い、いちからリセットするためにこの公園で歌いはじめた。やがて、その姿は客がアップするSNSで拡散され、いつしか西成を歩くだけで声をかけられる有名人になっていた。居心地の悪さを感じはじめていた。公園で歌いはじめようとしても、客のひどい態度に坂田さんがキレて歌うどころではなくなった。それでも残ってくれた人のために懸命に歌った。もうこの公園で歌うのは限界かもしれない。
番組の語りを担当したきゃりーぱみゅぱみゅがスタジオに登場。「生きる歌」シリーズを担当した。ジャズシンガーの坂田佳子さんについて東野さんは、魂というか本音がむき出しすぎる人だと話した。きゃりーは番組が大好きで聖地巡礼のように足を運ぶこともあるという。きゃりーはザ・ノンフィクションはどこで見つけてきたんだという人にフィーチャーする、続編も続くので追いかけて見ちゃうものもあるという。
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日本で最高齢のストリッパー星愛美さん、56歳。熱量溢れるステージからは目が離せない。大勢のファンは自らを星組と呼ぶ。星組のスーさんも何年も愛美さんを追っている。スーさんが病に侵されたのは5年前、ステージ4の大腸がん。体力はすでに限界だった。体調が危ういスーさんは愛美さんの出番までロビーで待機する。ステージがはじまると客席に向かう。スーさんと愛美さんとの出会いは10年前。愛美さんは今、大きな壁と戦っていた。酷使してきた体が悲鳴をあげていた。19歳で結婚、死産を経験し、21歳で離婚。23歳でストリッパーデビューした。37歳のとき子宮がんが見つかり、7年もの闘病生活を乗り越えて45歳で再デビューした。2022年5月の56歳の誕生日イベントにスーさんがやってきた。かなりしんどそう。スーさんが来ていることを知らない愛美さんがステージに立った。愛美さんはスーさんを見送る。スーさんに会えたのはこの日が最後だった。3カ月後にスーさんは亡くなった。
日本最高齢のストリッパー星愛美さんがスタジオに登場。星さんは来年の5月で還暦を迎える。東野さんは湿布を貼っている姿が印象的で満身創痍で踊っているんだなあと感じたという。きゃりーはファンとの絆もすごくて星さんならではの人柄が感じられると話した。元警察官のスーさんの余命を知ったとき、星さんはやめようと考えていてその時に取材の話しがきたのだという。星さんは脱ぐことが自分の人生だったから、そこからの人生がステージに出るのかもしれないと話した。
クズ芸人・小堀敏夫さん52歳。命をかけてやっているギャラ飲み。所属はワハハ本舗。定期的に開かれるネタ見せもズル休みばかり。見え透いたウソには本人なりの理由があった。1997年、29歳でガッポリ建設を結成しちょっぴり話題になった。ワハハ本舗もついにクビになった。第2弾の放送はそれから、5年後。小堀さんは愛知県稲沢市にむかった。ガッポリ建設の相方でディレクターやアナウンサーとしても働く室田稔に会いにきた。小堀さんは事業をやりたいと100万円かしてほしいと土下座をして、金を貸してもらった。地元のラーメン店で修行をしたいと頼み込むとOKしてくれた。あくる日、小堀さんは店に姿を見せなかった。遅刻をして店に現れた小堀さんは修行できなくなった。小堀さんは再び室田さんの元を訪れて人を紹介してほしいと頼むと、室田さんは怒って小堀さんを追い返した。小堀さんは頭を丸めた。結局、室田さんの紹介で出家体験をすることになった。朝から晩まで修行という名の雑務をこなす。
ガッポリ建設の2人がスタジオに登場。室田さんは自分が安定してしまって申し訳ない気持ちもあった、自分だけ芸人をやりながら会社員みたいなこともやって申し訳ない気持ちもあるという。2人はキングオブコントに挑戦したという。
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- キングオブコント
2025年5月、ガッポリ建設はキングオブコント挑戦。小堀さんはいきなり待ち合わせに30分の遅刻。手土産代を相方の室田さんに精算してもらう。後半芸人のビスケットブラザーズにネタを考えてもらうことに。2週間後、台本が届くと初練習の場は駅前の広場。小堀さんは全然セリフが入っておらず、わずか10分で休憩に行ってしまった。翌日、原田さんが練習を見に来てくれた。仕上がっていると思っていたが、原田さんから下手くそだと言われてしまった。近くの公園で原田さんの稽古がはじまった。予選まで2週間、お客さんのいる舞台でネタができる機会が訪れた。出番直前の2人は緊張していた。
小堀さんはキングオブコントへの出場をSNSに投稿し、予選前日に飛行機に乗った。地方なら楽勝だろうと札幌予選にエントリーしていた。室田さんが2人分の旅費を支払った。ホテルで最後のネタ練習をした。小堀さんはお風呂場でもネタの練習をしていた。はじめてみる小堀さんの本気だった。予選1回戦、当日。結果はその日のうちにネットで発表される。上位6組に残れば2回戦進出となる。結果は予選1回戦敗退となった。
スタジオに小堀さんに心を救われたというナレーションを担当した吉岡里帆が登場。室田さんが小堀さんに怒って、その後坊主にした小堀さんを見て笑ってしまったところで、ナレーションを止めてしまったという。吉岡さんは人ってこんなにダメになっていいんだと思ったという。キングオブコントのナレーションをしながら、小堀さんに悔しがるなと思ってしまったという。ここで、 室田さんが後輩のために使うと貸した金でパチンコをしてしまったという小堀さんに怒って、スタジオを出てしまった。
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- キングオブコントビスケットブラザーズ
小堀さんに怒ってスタジオを出てしまった室田さん。小堀さんは謝るために室田さんを追いかける。ここで、設楽さんの時間が来てしまいスタジオを出ていく。小堀さんは室田さんをスタジオに連れ戻そうとしたが、収録には戻らずにスタジオを後にした。それから10日、2人はニッポン放送にいたが、控え室は別々。室田さんはこの場を借りて、あの日のことを誤りたいという。ただし、謝罪の相手は小堀さんにではなく関係者に向けたもの。室田さんはさらに、今年でガッポリ建設を解散すると宣言した。帰り際、室田さんは小堀さんを外に連れ出して、自分の思いを伝え解散しようと話した。小堀さんはここで最後に30万円を貸してくれと言った。室田さんは笑っていいよと言った。
無縁社会という言葉が流行語となっていたころ、カメラは孤独死の現場を片付ける特殊清掃人を密着した。孤独死の現場には家族の写真が何枚も置いてあった。家族からの手紙の束もあった。
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- 高江洲敦
愛知県岡崎市にある寺にはいろんな事情で親元では暮らせなくなった子どもたちが一緒に生活していた。そんな子どもたちを無償で預かり更生に導いていたのは住職の廣中邦充さん。救った子どもは20年間で1000人以上にのぼる。リーダーの少年は自分の縄張りでショウがバイクを盗んだことに腹を立てている。廣中さんは2017年10月に手術を受ける。3度の脳手術を乗り越えて横浜の結婚式場にいた。寺の卒業なあkの一人ミズキの結婚式だった。ミズキは10年前、いじめがきっかけで非行に走り寺に預けられた。苦しいときいつも助けてくれた第2のおじさんと一緒にバージンロードを歩きたいと廣中さんを呼んだ。車椅子でバージンロードを歩くはずだったおじさんが歩いた。
おじさんはその後、危篤となりたくさんの卒業生が駆けつけゆっくりと生きをひきとった。あのショウはエネルギー関連の企業で営業マンとして頑張っている。おじさんとバージンロードを歩いたミズキは2人の子どもに恵まれた。
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- 廣中邦充
熱血和尚の寺にいたオダウエダの小田結希が登場。小田は家庭環境が複雑で母子家庭になってから母親を支えていたが15歳の時にグレてしまい、寺に行ったのだという。おじさんと車に乗っているときに突然「つらかったな」と言われて、そこで初めて自分がつらかったことに気づいたのだという。芸人になったことはおじさんは知っていて頑張れと言ってくれたという。
通称・塙山キャバレーはできて約60年。13軒の居酒屋はまるで終戦直後のようなトタン張り。ラブのママ・鈴木美佐子さんは20年前、ある事情から捨てた娘と再会。母を探し出し、となりの県から訪ねてきた。しかし、本当の話はしないという母に娘は怒りをぶつけた。
