- 出演者
- ユースケ・サンタマリア 加藤綾子 名倉潤(ネプチューン) 与田祐希 鈴鹿央士
静岡県の有東木集落では江戸時代初期に湧水源でわさびを栽培し、わさび栽培発祥の地と言われている。食堂うつろぎでは、集落の女性たち17名がシフト制で出勤している。朝はそば打ちや野菜仕込みや天ぷら、和菓子など担当が仕込みを行う。山奥の立地にも関わらず、大勢の客が来店する。よもぎ金つばやほおば餅などが人気。
ゲストは与田祐希、鈴鹿央士、ネプチューン名倉。名倉はゲストで出るのはこの番組だけと話した。
鈴鹿は一人旅でイタリアのシエナに行ったとき、レンタカーでロータリーに入って出られなくなったと話した。
有東木集落にある食堂うつろぎではお昼のピークに突入し、番組ADも食堂を手伝った。26年前のオープン当時は道はガタガタで路線バスもなかった。集落の女性たちは農業に勤しみ、自分たちが育てたものを多くの人に口にして欲しいとお店をオープンさせた。うつろぎの人気No.1メニューはさび飯定食だった。
島根の移動販売車に同乗して秘境人を探し、標高315mの山奥に一人で暮らす92歳の達男さんに出会った。鶏肉とねぎのうま煮を振る舞ってくれた。東京ドーム2個分の森を持ち、1人で手入れしている。温泉津町で9人きょうだいの長男として生まれた達男さんは、実家の米農家を手伝っていた。戦後復興期で木材需要が急増していることを知ると、棚田に5万本以上の杉を1人で植えた。木材として売れるまでは35年以上かかるとされ、個人で植林をしていた達男さんに儲けはなかった。両親も他界し、生涯独身で杉を守り続けている。
達男さんは、60年以上守った5万本の杉を世界の人に見てもらいたいと思っていたときに隣町で暮らす53歳年下の海口さんに出会った。映像制作の経験があった海口さんがYouTubeで世界に発信し、手入れも手伝っている。
島根の移動販売車に同乗して秘境人を探し、4か月前に奈良から島根の山奥に移住した60歳の康司さんに出会った。周囲8キロにスーパーやコンビニはなく、3年前までは荒れ地だった。奈良から何度も通って土地を整備し、住める状態にした。住んでいるのは30年以上放置されていた空き家で、現在も修繕途中だった。生駒市で生まれた康司さんは、27歳から父が経営する建築会社で働き始めた。30代の頃に会社の経営が悪化し、莫大な借金を抱えた。保証人だった康司さんも返済を背負い、36歳で離婚。42歳で会社を設立し、借金を返し続けた。45歳で工場が全焼した。
島根の山奥に移住した康司さんに話を聞いた。かつて工場が全焼する悲劇に見舞われ、火事を会社の職人たちが様々な場所から道具をかき集めてくれたという。さらに得意先の介護施設の理事長が、所有する土地に作業場と事務所を建ててくれた。家賃を払ってそこで仕事に邁進した。55歳で借金を完済したが、請け負っていた建築現場で死亡事故が起きた。幻聴が聞こえるようになり、会社を従業員に譲った。電波のない所に行こうと考え、島根の山奥に移住した。建築関係の仕事をする真理さんと2回目の結婚をした。
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島根の移動販売車に同乗して秘境人を探し、山奥の古民家に一人で暮らす93歳の喜久子さんに出会った。母屋の隣の小屋には昔ながらの薪風呂があり、毎日自分で火を起こしてお湯を沸かしている。23歳の時に別の町から嫁いできた喜久子さんは家事や子育てに奮闘し、3人の子どもは成長した。孫とひ孫は14人できた。夫は亡くなってから35年間山奥で一人暮らししてきた。15人以上の家族が代わる代わる訪れている。
83歳の典子さんと82歳の義雄さんは、朝4時前に起床して夫婦で営むみやこ食堂で夜まで働いている。家には帰らず店と車で寝る仕事中心の生活を始めて6年。メニューは約30種と豊富で、連日客で賑わっている。どて煮やいも天、蒸し蟹など名物メニューを紹介した。
食堂で休みなく働き続ける83歳の典子さんと82歳の義雄さんに密着。どん底にいた時に夫婦が再び前を向いて生きようと考え直すきっかけを作ってくれたのが看板メニューだった。見せ前では野菜も販売していた。店では午前10時のオープンから客が途絶えることはなかった。
鈴鹿は、幽体離脱の練習をしていると話した。
