- 出演者
- 藤森慎吾(オリエンタルラジオ) 石原良純 小泉孝太郎 高嶋ちさ子
日本人なら誰もが知る偉人を先祖に持つよしのりさん。先祖は国民的アニメに登場し、「堅忍」で困難を乗り越えた人だという。名字を見るだけでピンとくるほどの有名人。和室には先祖の木像があり、武家の家紋は歴史好きには有名。ほかにも薙刀や兜も飾られていた。さらに同志社の創立者・新島襄の肖像画も。新島襄は明治時代に欧米式の近代教育を取り入れ、同志社英学校(同志社大学の起源)を創立した。よしのりさんの曽祖父・武千代さんは新島襄の最後の教え子の1人だという。よしのりさんの家系は同志社と不思議な縁があり、曽祖父・武千代さんは同志社の卒業生で、とある有名銀行の支配人を務めた。よしのりさんの父・よしひろさんとよしのりさん本人も同志社大学の卒業生。同志社大学の室町キャンパスがある辺りはかつて先祖の屋敷「花の御所」があった場所。敷地には今も花の御所の名残りが。
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- Adobe Stockサザエさん京都府同志社大学同志社大学 室町キャンパス同志社英学校名探偵コナン国立国会図書館新島襄米沢市上杉博物館紙本金地着色 洛中洛外図屏風足利三郎足利武千代近代日本人の肖像
続いては滋賀県にあるよしのりさんの職場へ。よしのりさんの仕事は侵入者を検知するセンサーの企画。海外との取引も多い。英語が書かれた書類に花押という平安時代以降に使われたサインを書いた。こちらはある漢字を崩した先祖代々のサイン。会社の人によると、先祖とよしのりさんは顔がそっくりだという。アメリカ支社の社長もよしのりさんの先祖が有名だということを知っていた。ワシントンやリンカーン級の有名人だという。先祖ゆかりの場所に特別に同行。先祖の墓があるという等持院。この寺を建てたのがよしのりさんの先祖だという。等持院を開いた夢窓疎石の作とも伝わる庭がある。夢窓疎石は歴代の天皇が認めた「国を導く高僧」、庭造りの天才だという。先祖は世界文化遺産・天龍寺も創建したが、その庭を造ったのも夢窓疎石。普段は撮影禁止の霊光殿に特別に潜入。歴代の先祖の木像が安置されていた。
先祖の木像とよしのりさんはそっくり。三代は京都で観光客が必ず行くという寺を建てた人。八代も超有名な寺を創建。2つの寺は世界文化遺産。よしのりさんのあだ名は将軍。この日、よしのりさんは大勢の人と栃木県にある龍光院にやって来た。足利家先祖代々の追善供養が行われた。よしのりさんのフルネームは足利義徳。先祖は室町幕府を開いた将軍・足利尊氏。教科書で見ていた足利尊氏は騎馬像だが、近年の研究で別人との疑惑があり、今は「絹本著色伝足利尊氏公肖像画」が本当の足利尊氏と言われている。三代将軍・足利義満が創建した世界文化遺産の寺が金閣寺(鹿苑寺)。八代将軍・足利義政は銀閣寺を創建。十五代にわたって日本を統治した歴代の足利将軍たちも先祖。よしのりさんの曽祖父・足利武千代さんは足利銀行の支配人を務めた。国民的アニメに登場したのは三代将軍・足利義満。
国民的アニメに登場したのは三代将軍・足利義満。そのアニメが「一休さん」。よしのりさんと一緒にいるスーツ姿の一団は全国足利氏ゆかりの会の人たち。会長を務めるのは栃木・足利市の市長。足利尊氏の先祖がこの地を治めたことから足利という地名になった。そのほか、足利将軍ゆかりの自治体や様々な団体が入会。足利尊氏から数えて二十九代の子孫であるよしのりさんは特別顧問。1番の実績は足利尊氏が主人公の大河ドラマ「太平記」をNHKに働きかけて実現させたこと。真田広之が主演を務めた「太平記」は最高視聴率34.6%を記録。歴代の足利将軍が愛した茶の湯・生け花・能楽が発展。よしのりさんは人々のために立ち向かってスゴいことをやった偉大な先祖だと話した。
塀の長い謎の豪邸に特別潜入。やって来たのは茨城・龍ケ崎市。塀の長い家を発見。家主は椎名市衛さん。普段から和装で生活している。200年以上続くあるものを継承。あるものには数多くの偉人が関わり、江戸時代に大ブームになったもの。豪邸に潜入。玄関には囲炉裏がある。家自体は150坪、敷地面積は3000坪だという。庭の手入れも自分で行っている。椎名市衛さんは72歳。子どもたちは外に出て仕事をしており、この家には妻と2人だけで暮らしている。ただ、家には頻繁に人が来るという。言葉や教えを重んじている。ダイニングは洋風、キッチンは大人数で料理をすることがあるため、かなり広い。椎名市衛さんも料理が好き。続いては妻・まさえさんの仕事部屋へ。お香の先生だという。椎名市衛さんが受け継いだものはお香ではないが、海外の人が持つ日本のイメージの1つ。布団部屋には大量の布団が。この家で合宿をする時に使う。隠居部屋が1番落ち着く部屋だという。庭には古くから使われていた倉庫が。そこには大量の本が置かれていた。坂本龍馬や山岡鉄舟の生き方に感銘を受けたという。
椎名市衛さんは千葉家正伝北辰一刀流という剣術の第七代宗家。北辰一刀流は1820年ごろ、幕末の剣豪・千葉周作によって創始された剣術。様々な流派があった当時、北辰一刀流はその技術を分かりやすく、合理的に指導。そのため、武士だけでなく、一般市民にも普及。当時の江戸で一大ブームとなり、門弟も6000人以上いたという。坂本龍馬や山岡鉄舟、渋沢栄一や新選組の隊士たちも腕を磨いたと言われている。椎名市衛さんは2013年に第七代宗家を継承。自宅に道場を開設し、現在は約40人の門弟に指導。オンラインでの剣術指導も行っており、アメリカには3つの支部がある。椎名市衛さんが北辰一刀流の極意を教えてくれた。北辰一刀流の極意とは恐怖心に打ち勝ち、平常心でいられる精神力を持つこと。椎名市衛さんは本物の剣道は究極の終活。切られて相手の剣が身体に食い込んだ時、切るチャンスができる。切らせて切るという覚悟のことを終活という。心を整理するのが終活だと話した。
2人がやって来たのは高輪ゲートウェイ駅。2020年3月開業、山手線30番目の新駅。高輪ゲートウェイの今と昔を大冒険。昔は特急や寝台列車などを収容した品川車両基地があったという。石原良純はEast i(イーストアイ)を発見。JR東日本が保有する在来線の総合検測車。運行ダイヤは非公開、「見たら幸せになる」と言われている。駅舎は世界的建築家・隈研吾がデザイン。大屋根は日本伝統の折り紙をモチーフに造られた。和紙を用いた日本の“障子”を想起させる。壁面は「大和張り」など和の伝統技法が施されている。高輪ゲートウェイ駅は品川駅から約900mのところに作られた。この場所は品川車両基地の跡地。品川駅から田町駅までは約2.2km、山手線で最も駅間が遠かった。そこにJR東日本が再開発を進め、2020年3月、東京オリンピックの開催に合わせて高輪ゲートウェイ駅が開業。駅構内には「Eki Park」があり、寝たりすることができる。さらに完全ウォークスルー型の無人決済コンビニ「TOUCH TO GO 高輪ゲートウェイ駅店」もある。約20台のカメラで誰がどの商品を取ったか認識。商品下の重量センサーで取った商品の個数を判別。カメラと重量センサーからお客さんが買う商品の情報が瞬時にレジへ送られる。
2人は「TAKANAWA GATEWAY CITY」にやって来た。敷地面積約7万4000平方メートルのエリアの中に商業施設などが建ち並ぶ。「THE LINKPILLAR 2」と「MoN Takanawa: The Museum of Narratives」は今年3月にオープンしたばかり。2020年度の1日の平均乗降客数は6785人だったが、今では約5.5万人に。ここのコンセプトはロボットと人間の共生。都市の植栽を監視するロボット「鉢公」や自動運転の車両「RoboBus」を見学。空気中の水蒸気を飲料水に変える装置「AQシリーズ」や3Dフードプリンターなども展示。3Dフードプリンターは形状・食感をデザインした料理を造形。病院食や宇宙食に活用予定。「THE LINKPILLAR 1 NORTH」で話題となっているのが地上150mにある空中庭園。
「THE LINKPILLAR 1 NORTH」で話題となっているのが地上150mにある空中庭園。その奥には「LUFTBAUM」がある。石原良純は慶應義塾幼稚舎への通学で品川駅を利用。ここで電車好きが始まった。当時、芝浦口には何もなかったという。空中庭園からはフジテレビや東京アクアシンフォニーも見ることができた。高輪大木戸跡は東海道からの旅人で賑わいをみせた江戸の玄関口。木戸とは要所にある治安・防火目的の簡易な門。大木戸は1710年、高輪に設置された大きな木戸。ほかに四谷・板橋にも存在した。当時の名残りがまだある。
江戸時代は海だったという高輪エリア。徳川幕府のまちづくりによって埋め立てが進み、明治維新後に埋め立てエリアは拡大。さらにお台場の砲台エリアは昭和にかけて都市開発が進み、臨海副都心として現在の姿になった。明治時代までは海だった高輪ゲートウェイシティ。しかし、当時は鉄道が通っていたという。陸地に線路を敷けなかった理由は線路を敷こうとしたルート上に国の所有地があり、西郷隆盛や兵部省のトップが引き渡しに反対したから。その結果、海の上に築堤を作り、鉄道を開通。
2人は地面のQRコードを読み込んだ。すると、スマホにある映像が流れた。
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オープニング映像。
仲山徹さんは電力設備の設計や保全などを請け負う会社を経営し、自ら顧客まわりをしている。週に3回ほどある幸福時間が“そば打ち”。自宅で1回に1時間くらい行う。そばの実や粉は各地から取り寄せている。生地にひび割れが入らないようにギリギリまで薄くする。初めて使うそば粉の時は水加減に注意する。切った時に綺麗な四角い断面になるように包丁など道具にもこだわっている。30年ほど前、初めて年越しそばを打った。それ以来、中々思い通りにいかない難しさが気に入り、続けている。打ったらすぐに茹でて自宅の庭で家族や友人と食べる。
「私の幸福時間」の次回予告。
地面のQRコードを読み込むと、スマホに蒸気機関車の映像が流れた。ここは日本で初めての鉄道の線路が海の上にあった場所。高輪築堤は大正時代に埋め立てられ、跡形もなく消えた。しかし、2019年の再開発工事中に築堤を発見。東アジア初の鉄道遺跡として国史跡に指定された。江戸時代の高輪は人気の潮干狩りスポットだったという。2人は高輪での子どものころの思い出を語った。高輪ゲートウェイ駅ができる時、駅名の候補とも言われていたのが泉岳寺。
2人は、GALLERYを訪れ、鉄道に関する展示を見学した。石原は、鉄道や博物館、監獄など、西洋と同じレベルのものを作らないと笑われるから、日本は西洋と同じものを作った、だからレンガ造りになっているなどと話した。2人は、2028年完成予定の広場の工事現場も見学した。
2人は、自動走行モビリティiinoに乗車。石原は、コースは決まっていて、10台ほどが街を回っているなどと話した。2人は、iinoを降りると、近くにいた人にiinoを勧めた。
2人が訪れたのは、ことし3月に開業した隈研吾デザインの複合型ミュージアム「MoN Takanawa: The Museum of Narratives」。ユネスコによる世界的建築賞の世界で最も美しいミュージアム2026リストに選出された。約100畳ある畳のフリースペースや、ステージ全面にLEDが設置された最新のシアター空間などがある。2人は、MoN Takanawaにある江戸の風情を感じられる場所を訪れた。
江戸時代、月を拝むと幸運を得られるという信仰があり、多くの庶民が月の出を眺め楽しんでいたという。高輪エリアは、高台にあり、見晴らしが良く、月見の名所と謳われた。石原は、高輪は高台になっていて、昔は高級住宅地だった、「朱雀家の滅亡」という舞台をやったことがあるが、そこに登場する華族・朱雀家も高輪の高台に住んでいるという設定だったなどと話した。水が張られていて、高輪築堤の石が飛び石として置かれている。2人は、水辺で記念撮影した。ここ「月見テラス」は、江戸時代の海岸の風景を重ね合わせて、月の表情を楽しむテラススペース。次に、2人は、施設内にある高輪神社と御田八幡神社の分祠を訪ね、お参りした。その後、足湯テラスで癒された。
小泉孝太郎は「最先端も感じたし、“明治時代日本の未来はここから始まる”それも感じた」等とコメント。
