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今回の世界遺産はエディンバラの旧市街と新市街。
スコットランドはかつては独立した王国。15世紀以降、エディンバラはその都だった。南側に位置する旧市街と北に広がる新市街、2つが一体となって世界遺産に登録されている。スコットランドをこよなく愛したエリザベス女王はエディンバラを度々訪れている。エディンバラ城から東へと伸びる1本道が旧市街のメインストリートでロイヤル・マイルと呼ばれる。27歳で戴冠式に臨んだエリザベス女王はその直後にエディンバラを訪れ、ロイヤル・マイルでパレードを行った。女王の葬列は同じ道を通った。エディンバラで追悼式が行われた。お別れの場所となったのがセント・ジャイルズ大聖堂。女王の棺は大聖堂の中央、祭壇の近くに置かれた。弔問は夜通し行われ、大聖堂に向かう人の列は数キロにも及んだという。大聖堂の床にはエリザベス女王の生涯を偲ぶ記念のプレートがはめられている。ロイヤル・マイルの一番東のホリールードハウス宮殿でエリザベス女王はガーデンパーティーを主催して人々と交流した。
14世紀創業のパブ「シープ・ヒード・イン」はエリザベス女王がお忍びで訪れた。滅多に外食をしないという女王が頼んだメニューはミートパイ。女王の来店は今での常連たちの語り草になっている。
1980年代、旧市街では思わぬ物が発見された。
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- エディンバラの旧市街と新市街
16世紀から17世紀、人口が増えた旧市街では住宅不足が大きな問題となった。旧市街では新たに居住スペースを求めて建物は高層化。エディンバラは人口の増加によって住環境を巡る問題に直面した。庶民の住まいは商店などの上に重なるように増築されていった。狭くて暗い一部屋に家族全員で暮らしていた。換気も悪くジメジメしていて衛生状態は悪かったという。そんな部屋にも住むことができなかった貧しい人たちは地下に向かった。やがて衛生状態と治安が悪化したため、地下は放棄され埋められた。そのため長らく忘れられていたが、1980年代に偶然発見された。地下空間は旧市街にいくつかあり、一時は2000人以上が暮らしていたという。
18世紀中頃、市民のために新しい街を作るという一大事業がすでに動き出していた。当時、学問の都として知られていたエディンバラで哲学者や歴史家など知識人たちが一丸となって知恵を出し合った。旧市街とは違う高さを抑えた建物が 整然と建ち並ぶ。景観を守るルールが決められ、建物は屋根裏部屋を除いた3階建に統一。住む人のために住宅のすぐ近くに豊かな緑地を設けた。後のヨーロッパの都市計画に多大な影響を与えた。小さな森は新市街に30カ所以上設けられている。
「世界遺産」の次回予告。
18世紀に建設されたエディンバラの新市街は後のヨーロッパの都市計画に多大な影響を与えた。高さを揃えるなど建築に一定のルールを設けながらも一軒一軒それぞれ個別に設計された。新市街のまちづくりの理念は、人々が自分らしくより良く暮らすこと。大通りの幅は30m。歩道が広いのも当時は画期的だった。住宅の表側には広い道、裏側には細い道が作られている。街の美観を意識してゴミの回収用の道まで整備していた。街の変化の様子を見て取れることから、エディンバラは世界遺産に登録された。
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