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番組は今月で30周年を迎えた。1996年、第1回目の放送に選んだのがマチュピチュだった。節目の年にお届けするのはそのマチュピチュ歴史保護区。今回は日本の調査隊に同行。
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- ペルーマチュ・ピチュの歴史保護区
ペルー、アンデス山脈にマチュピチュ歴史保護区がある。マチュピチュ村には6000人ほどが暮らしている。標高約2400m、15世紀半ばアンデス一帯を支配したインカ帝国が築いた石の建築群。アメリカ人の歴史家ビンガムが1911年にこの地を訪れ世界に紹介するまで、ここは放置されていた。
今回、マチュピチュを上空から撮影することができた。下の川までの高低差は500mある。かつてはここに少なくとも750人が暮らしていたと考えられる。
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- マチュ・ピチュの歴史保護区
マチュピチュ遺跡のコンドルの神殿は自然の石と人工の石を組み合わせ翼をかたどっている。空中から見ると翼を広げたコンドルだとわかる。コンドルの胃袋と呼ばれる場所には大切な家畜が捧げられた。インカにおいてコンドルは天と地を結ぶ動物として崇められていた。人々はコンドルに捧げ物をすることで豊穣を祈ったと言われている。太陽の神殿も自然の石と加工された石を組み合わせて作られている。湾曲した神殿の壁にある2つの窓から太陽の光が差し込む。夏至には右の窓から、冬至には左の窓から太陽の光が差し込み人々に暦を知らせた。インカの人々にとって太陽は祈りと生活を支える存在だった。
マチュピチュから南東に約75キロ、インカ帝国が都を置いたクスコ。インカの王は太陽を神と崇め信仰してきた。インカの神殿は黄金に輝いていたと伝えられている。インカ帝国が最も栄えた時代、王として君臨したのがパチャクティ。マチュピチュはパチャクティの私有地だった。太陽の神殿の隣に、インカの王が滞在した時に使われたとされる建物がある。この山の稜線で祈りを捧げ政治を執り行う聖なる場所としてマチュピチュを築いた。15世紀半ば、インカ帝国は急速に勢力を広げアンデス一帯を支配する大帝国へと成長していった。その最盛期に生まれたのがマチュピチュだった。
マチュピチュの居住エリアには家々が規則正しく配置されているが家の屋根は残っていない。家の壁から突き出した石の突起は屋根を固定するためのもの。屋根の材料にしたのはイネ科の植物。標高の高いこの場所では雲が湧きやすく雨をもたらす。遺跡の裏手に広がる山からは水が湧いている。雨季に降った雨のおかげで乾季でも山の水が枯れることはない。ここが聖地に選ばれた大きな理由の一つは水があったから。15世紀、人々は山から水を引き尾根伝いに水路を築いた。水の仕組みは居住エリアだけでなく隣に広がる段々畑にもつながっていた。太陽の光を効率よく取り込むため、階段状の畑の多くは急斜面に作られた。
TVerの告知。
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インカ王パチャクティが訪れた時に滞在したとされる建物。隙間なく積まれた石組みが歳月に耐える強さを生み出している。規則的に積むのではなく石を噛み合わせる事で強度を高めている。石が乱雑に置かれいている場所は石切場。自然と共存しながら造られたインカ建築の傑作の価値が評価され、マチュピチュは世界遺産になった。
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「世界遺産」の次回予告。
「ベスコングルメ」の番組宣伝。
