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すべてを知った竜也さん。準決勝でのホームランボールを母に握らせた。母の意識は徐々に回復していった。迎えた甲子園、竜也さんの活躍もあり日南学園は1回戦を勝ち抜いた。2回戦で敗れたが、息子の夢を見まり続けた母に応えた息子の思いがつまった一戦だった。
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母は甲子園のあと、リハビリに励み、一時期歩けるまでに回復した。しかしガンは再び脳に転移。母・ゆかりさんは去年11月に息を引き取った。竜也さんは去年日南学園を卒業し、中部学院大学に進学し、今も野球に打ち込んでいる。竜也さんは「寂しいという気持ちはあるんですけど、野球を頑張っていればお母さんも喜んでくれると思う」と話した。
アフリカ・ケニアにある世界屈指の高人口密度の島を中澤ディレクターが取材。箱根駅伝で活躍する外国人選手はケニア出身が多い。ヴィクトリア湖のミギンゴ島へ、11時間かけ車移動し、湖畔から2時間かけ到着した。
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島はトタン屋根ばかりで、噂通り人でごった返しており、また家と家の狭い間が道となっていた。日用品や食料品を売る商店、露店、薬局、床屋、美容院などさまざまな店があるが、ガスや電気・水道はなく、ソーラーパネルで発電する携帯電話の充電屋が人気。物資は毎日届くという。島はサッカーグラウンドの半分ほどの2000平方メートル、そこに現在400人が住んでおり過去には900人ほど住んでいたことも。
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環境が良いとは言えないがなぜか家の空きを待つ人ばかり。最近引っ越してきた家族に、家賃やトイレなどの施設を教わった。中澤は島の宿泊施設に泊まることに。中にはベッドがあるだけの狭さだった。島の中央にいくと数件のパブがあり、毎晩島の人で大盛況になるという。
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この島に住むと、毎日お金が入ってきて給料は前より3~4倍との声も。中澤が仕事に出かける人に同行、船で沖合へ行き定置網を仕掛け、翌日引き上げてみると世界的にも需要があるナイルパーチが釣れた。ナイルパーチは日本やヨーロッパに多く輸出されるという。
ミギンゴ島から沖に行くほどナイルパーチがよく獲れるため、漁の拠点となっている。島民の4分の3が漁師とその家族で、漁師が集まることで島の景気も良くなり商売人も潤う、というサイクルで大人気だという。一方、島ではなく陸に住む漁師にとっては、燃料費などコストがかかるため割が合わない。ミギンゴ島のすぐ近くにあるウギンゴ島は数十人しか住んでいない。
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ミギンゴ島のすぐ近くにあるウギンゴ島は数十人しか住んでいないが、これは船が着けにくいからという。ウギンゴ島ではかつて100人ほど住んでいたが、政府の規制によりこの島での商売が禁止に。その際、大半の島民が出て行ってしまった。
ミギンゴ島の近くにあるピラミッド島は悪霊が住むと人々に恐れられ今まで誰も住んだ人はいないという。こうして一番小さいミギンゴ島が賑わっているが、今年はナイルパーチの漁獲量が少なく現在の島民はかつての半分である。
西畑保さんは友人の紹介で皎子さんと知り合い一目惚れした。互いに35歳になり結婚を考えていたが重大な秘密を抱えていた。秘密を抱えたまま交際半年で結婚。寿司職人として妻を養うため一生懸命働いた。ある日、署名活動の空欄に名前を書くだけだったが保さんにはできなかった。そこに書かれたのは文字とは言えないもの。保さんは読み書きができなかった。
保さんは和歌山県の山奥で生まれ育ち母親を早くに亡くしていた。朝から晩まで仕事を手伝う暮らしをしており読み書きは必要なかったという。15歳で奈良の食堂に働きに出たが仕事は続かず帰る場所もなかった。状況をわかったうえで雇ってくれた寿司店の大将と仕事をしていく中で簡単なひらがなは分かるようになっていった。失い続けた自信がトラウマになり読み書きから逃げる術を学んだ。愛する人ができ愛する人を失ってしまうのが怖くメニューすら読めないことを隠していたという。ごまかしきれない日があり皎子に告白すると一緒に頑張ろうと言ってくれた。2人が出会って約30年共に64歳になり保さんは文字を書けるようになるため夜間学級に通い始めた。
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