- 出演者
- 薬丸裕英 峰竜太 山田五郎 井ノ原快彦 中原みなみ 堀田茜 柳亭小痴楽[3代目]
オープニング映像が流れた。
今回は東急東横線の各停でとある街へ。渋谷を出発し、代官山・中目黒の次の駅は祐天寺である。のどかなムードで再開発が進んでいないことが功を奏し注目されている。商店街の古い建物を活用したお店や個性的な古着屋さんが増加中。今回は祐天寺駅を中心とした辺りにスポットを当てる。
祐天寺はここ数年、のどかさを求めて都心から移転するお店が増えている。レストランとフラワーショップの複合店「babajiji house」もその1つで原宿の神宮前交差点の近くにあった2軒のお店が2年前ともに祐天寺に移った。コースがメインだったレストランも地元の人が通いやすいようカジュアル路線にしていた。海と山の食材をふんだんに使った「地球丸ごとプレート」が人気となっている。去年の9月にオープンしたばかりの海里は六本木から移転しかつては人気アスリートや財界の大物も訪れる高級店だったが今は料亭の味を気軽に味わえる居酒屋さんとなり、祐天寺界隈の住民を喜ばせている。
祐天寺の駅名の由来は浄土宗の祐天寺である。開山したのは増上寺の住職である祐天上人である。当時幕府は宗教統制と質素険悪のため新たな寺院の建立を厳しく制限していたが、徳川吉宗が特別に許可を出した名札である。しかし街のシンボルを聞くとロータリーとのこと。駅は昭和2年に開業しその数年にロータリーが誕生し形はほとんど変わっていない。長年ロータリーを彩っている花壇は地元の有志によって毎日のように手入れされている。さらに毎年12月限定でイルミネーションが輝く。
駅前のビルに話題のお店があると聞き行ってみると入り口は看板のない扉であった。裕樹を出して中に入り急な階段を登ると沢山の若者で賑わっていた。名物は大山どりのホルモンの色んな部位が入った「内蔵メリメロ炙り」。メリメロとはフランス語でごちゃ混ぜという意味である。オーナーの高丸さんは恵比寿や渋谷に続く3軒目に祐天寺をチョイスした。お客さんのほとんどが頼むのが旬の食材を炊き込む土鍋ご飯である。
タワマンが立つ中目黒と違い祐天寺駅周辺は高い建物がない住宅地となっている。個人宅が立ち並ぶエリアに1軒の店が現れた。入ってみるとペットアクセサリーショップとなっていた。しかもドイツの犬種であるシュナウザーの専門ショップであった。トリミングもやっているがこちらもシュナウザー専門となっていた。駅から10分ほど歩いた住宅街で謎のイラストが書かれた小さな看板を発見。その傍らには味のある古民家がポツンと立っていた。そこに並んでいたのは生胡椒であり、塩漬けにした生の胡椒の専門店であった。ハーブのような爽やかな香りとキレのある辛みはいつもの胡椒とは別物である。
16位は「ゆ~マガ」。ゆ~マガは、祐天寺の小・中学生が写真・イラスト・文章を自分で考えて作ったローカルマガジン。子どもクリエイターを祐天寺を愛する地元の大人やプロのクリエイターがサポートしている。この日、子どもクリエイターが1970年オープンの「ナンカ堂 祐天寺店」を取材。衣料品や生活雑貨などが激安価格で売られてる。子どもクリエイターが気になったのは、全品100円の夏物商品。子どもたちが「いくら夏物とはいえ、こんなに安売りしていいの?」と質問すると、店長の大河内崇弘さんが「お客さんが来た時に、欲しいものが揃っていることが大事。そのためにどんどん在庫を増やすので、店の中に商品を置ききれなくなってくる。なので、要らなくても買っちゃうような値段にしている」とわかりやすく説明。子どもたちは「たまたまナンカ堂に行ったら欲しいものがあって。心読まれてるんじゃないかって不思議だった。真実が明らかになって、常連さんになった気分」と語った。
柳亭小痴楽は祐天寺に住んで6年目。田切公園で子どもとよく遊んでおり、平日の昼間に大人がいるのが珍しいのか、子どもたちから“ぬし”と呼ばれているという。そんな柳亭小痴楽は、噺家のイメージを覆すおしゃれな代官山出身。祐天寺にはたま~に行くという堀田茜は、「開発されていない所が残っていて、実家に帰ってきたみたいな気持ちになる」とコメント。祐天寺駅の名前の由来になったお寺「祐天寺」は、じつは住所が中目黒。
15位は「JAMpack」。古着屋・Witty Vintageの2階にあるボタン専門店だ。代官山や中目黒にアパレルショップが多いため、祐天寺に店をオープンしたという。お店のオリジナルや海外で買い付けたものなど、珍しいボタンを揃えている。イタリア製のボタンはどれもエレガント。職人が手作りしたチェコ製のボタンは、集めたくなる可愛さ。店に洋服を持ち込めば、ボタンの付け替え(1カ所220円~)もしてもらえる。「Companie van Verre」のテーラー・水野隆守さんが見つけたお気に入りは、オープンカーの幌を留めるためのボタン「ドイツホック」。水野さんは、このボタンを使いたいがためにコートをデザインするという。
14位は「かさね塚」。四谷怪談のお岩・番町皿屋敷のお菊と並ぶ江戸三大幽霊のひとり・累が、夫に殺されたのちに後妻を呪っていくという実話を元にした怪談「累伝説」。祐天寺の境内には累の怨霊を供養するために建てられた「かさね塚」がある。怨霊となった累を成仏させたのが祐天上人だという。かさね塚は大正15年(1926年)、浄瑠璃の七世清元延寿太夫、歌舞伎役者の六代目尾上梅幸・十五代目市村羽左衛門が建立。今も「累物」の演劇を上演する際には、演者は必ず参拝に訪れる。落語にも「累物」を題材にした落語「真景累ヶ淵」(作:初代三遊亭圓朝)がある。柳亭小痴楽が付き人をしていた桂歌丸が得意としていたという。とても長い噺で、柳亭小痴楽は「師匠がこの噺をやっている時間が寝られる時間だった」とコメント。
祐天寺の第13位は「マルニハム」。昭和42(1967)年に精肉店として創業。本場ドイツの製法を守る手作りハムやソーセージは地元で大人気。工房に併設された直売所ではソーセージが5本で180円など驚きの価格で販売。大学で食品の知識を学んだ三代目は同級生と結婚。2人いるスタッフも同級生。大手スパイスメーカーで働いていた妻はチョリソーの味付けを改良し、ドイツ・フランクフルトで開催された食肉加工のコンテストで金賞を受賞した。大手食品加工メーカーで営業マンだった秦さんは入社後に契約社数を約10社から約120社に拡大。数々の飲食店で修行した有水さんは武蔵小山店のお弁当事業を担当している。
祐天寺の第12位は「アクセサリーミュージアム」。貴金属や天然宝石を使わない装身具「コスチュームジュエリー」を展示。入館料は一般1,000円。アクセサリー会社を経営していた館長の田中さんが自宅を改装してオープン。それぞれの時代の風をアクセサリーを通じて学べる。館長のお気に入りはヴィクトリア時代(1837~1901年)の象牙のブローチ。夫にトランク全部を持たせ、館長は箱とハンドバッグだけで持ち帰ったという。スタジオで山田五郎が虫のモチーフ、特に「とんぼ」は日本から入ったと解説した。とんぼはまっすぐ前にしか飛ばないので勝ち虫として武士に好まれたという。
のんびりとした空気が漂うみよし通り商店街。現在カフェになっている建物は昭和5年から86年間営業していたたばこ屋さんで店内の梁や窓はそのまま活かしてイノベーションした。SIDE WALK COFFEE・マネージャーの今谷さんは商店街の雰囲気と建物の雰囲気を見て立て直すことは全く考えずなるべく残したいとそのままの建物を活かしてカフェをオープンした。第11位は「古い建物活かします」。古民家食堂ひとり〆も元タバコ店の古民家で築87年の建物で一工夫された料理とともにお酒を楽しめる。栄通り商店街では去年閉店した紳士服店を飲食店に改装していた。目黒三谷は学芸大学・三軒茶屋に次ぐ4店舗目を地元・祐天寺に出店した。
第10位は深夜営業の古着屋さん。祐天寺にはアパレルの人や美容師が住んでいて深夜でも来れるようにと遅くまで営業している古着ショップがいくつもある。駒沢通り沿いにあるarcheologieも夜11時まで営業している古着ショップ。お酒を呑んできたお客さんに割引サービスが不定期で開催されていた。
祐天寺 BEST20の9位は、来々軒&三久飯店。祐天寺駅通にある老舗の来々軒、昭和通りの三久飯店は祐天寺の2大町中華。昭和8年創業の祐天寺 来々軒の初代は、浅草 来々軒で料理長を務めている。今も浅草 来々軒のラーメンの味を継承。三久飯店は昭和43年に創業。素朴な味が祐天寺住民に愛されている。中でもエビチャーハンが一番人気。everyoneは祐天寺にある完全アポイント制の人気アパレルブランドで、代表が三久飯店大好きで聖地だという。everyoneは商品撮影も三久飯店でやっているため全国からファンがやってくる。三久飯店の女将さんもeveryoneを愛用。
祐天寺 BEST20の8位は、三宿トラジ。2010年に三宿から移転した。メニューの筆頭にあるのは特上ハラミ。店主の蒋誠一さんは子どもの頃から家での焼き肉ははらみだったといい、幼少の頃から培った目利きで極上のハラミを仕入れる。外ハラミ 塩は口の中でとろける美味しさ。
7位 カレーステーションナイアガラ。昭和38年創業、店内には国鉄時代の鉄道コレクションが壁一面に飾られている。これは駅長と呼ばれた創業者、故・内藤博敏さんのコレクション。カレーの注文は「乗車券」と呼ばれ、甘・中・辛は鈍行・急行・特急としている。料理は電車に運ばれて配膳される。
6位 もつやき ばん。店のルーツは「中目黒 もつ焼き ばん」。2004年に閉店したが、創業者の弟、小杉潔さんが祐天寺で再開した。レモンサワー発祥の店としても有名。創業者・小杉正さんが、焼酎の炭酸割りにレモンを加えたお酒を「レモンサワー」と命名した。
