- 出演者
- 日村勇紀(バナナマン) 設楽統(バナナマン) 堤礼実 佐藤大樹(FANTASTICS from EXILE TRIBE) ゆい小池
乗船オーバーを理由に日本政府からは帰国を許されなかった。とは言え支援を打ち出していた政府としても最終的な受け入れを拒むことは出来ない。施設不足などの問題ですぐには受け入れができなかったため、日本政府はフィリピン政府と協議し一時的に保護してもらうことに。宮城船長たちは急遽、首都マニラの港に向かうことになった。船には限られた食料しかなかったが、宮城船長は城瀬人と難民たちで平等に分けた。フィリピンに着くまでに難民たちの乗船者名簿を作成した。日本域を望む人はいなかった。36年が経ち宮城さんに一本の電話がかかってきた。2018年6月、与座宏章さんとう沖縄県の高校教師が出張で東京と訪れ、とあるレストランに訪れた。レストランの店長の名前は南雅和、日本に帰化する前の名前はジャン・タイ・トゥアン・ビン。
店長の名前は南雅和、日本に帰化する前の名前はジャン・タイ・トゥアン・ビン。翔南丸の船長・宮城さんに助けられたジャン少年だった。彼らは3カ月マニラで過ごした後、受け入れ準備を整えた日本政府によって長崎で受け入れられた。そこからはそれぞれ希望した国に映っていたが、ジャン少年は日本を第二の故郷にしたいと考え直した。10代は品川にある施設で日本語や生活のルールなどを学んだ。その後、奨学金を得て大学へ進学。やがて日本国籍を取得し日系企業へ就職した。42歳の時にベトナム料理店をオープンした。南さんは{SHONANMARU」という船名は覚えてたが、船長の行方を探すことはできなかった。与座さんは翔南丸を探すため新聞社に協力を求めた。その結果、宮城船長を見つけた。
2019年7月13日、南さんは36年前救ってくれた宮城船長に会うため沖縄に降り立った。2020年2月には宮城さんが家族とともに上京し、南さんのベトナム料理店を訪問した。
「3.11~東日本大震災15年 福島第一原発事故 命の戦い~」の番組宣伝。
「国民的マジックの祭典!世界が認めた日本人マジシャンNo.1決定戦」の番組宣伝。
宮城船長の行動は多くの未来を開いた。グエンさん一家はアメリカに渡り自由を手に入れた。7人の子供たちから12人の孫たちへと未来が繋がった。2024年6月、念願だった宮城さんと再会した。南雅和さんの娘・亜理沙さんは設計士として活躍している。南雅和さんは10年ほど前から休日にベトナム寺院で料理の腕を振るっている。技能実習生の相談にのることもある。
エンディング映像。
