- 出演者
- 所ジョージ 湯上響花
オープニング映像。
明治時代以降に西洋建築と日本の技術が融合して建てられた洋館。きょうは洋館の科学について。
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- 国立国会図書館
日本の洋館は西洋の建築様式を取り入れた建物で、明治時代以降に西洋文化の広がりとともに全国各地に建てられた。洋館の見どころを教えてもらった。
訪れたのは台東区にある旧岩崎邸庭園。案内してくれるのはサービステンター長の武居さん。旧岩崎邸の洋館は1896年に三菱財閥・岩崎家の本邸として建設され、外国人などを招く社交の場として使われた。設計したのは鹿鳴館などを建設した英国人建設家ジョサイア・コンドルで、東京駅を設計した辰野金吾など多くの建築家を育成した日本近代建築の父と呼ばれている。洋館はコンドルが設計した西洋建築が日本大工などが作り上げたもの。旧岩崎邸は木造で、西洋建築の構造はレンガなどが土地の条件や材料の調達しやすさに応じて選ばれている。建物は多くの左右対称のデザインが取り入れられており、これは調和などを重んじた古代ギリシャ・ローマの美意識で、人は対称的な形に美しさや安定感を感じるという。玄関には外の色を取り込むため乳白色のステンドグラスを使用。季節によって外の木の葉の色が変わるためステンドグラスの色も変わるという。中には柱で支えない空中階段が日本の職人によって作られた。2階のベランダは日本の暑さや湿気を考慮した広々とした造りで、日差しを遮って風を通す役割がある。ベランダからは洋風庭園が見られる。また旧岩崎邸は和と洋が共にある明治時代ならではの作りで、和館が渡り廊下で繋がっている。和館からは和風庭園が見える。
旧岩崎邸洋館のすべての部屋にあるのが暖炉で、上には大きな鏡が設置。窓からの光を取り込み空間を広く見せる役割がある。2階には金唐革紙を使用。金唐革はヨーロッパで生まれ、革に模様を型押しして金属箔や彩色を施したもので、日本では革が貴重だったため和紙で代用された。和紙に錫箔を貼り、凹凸模様をつけて科学変更で金色に仕上げる日本独自の技術。金唐革紙は人気で海外にも輸出されるようになった。1階のベランダには輸入されたカラフルで目地がない当時最先端のタイルを使用。婦人用の客室には天井に刺繍があしらわれており、洋館には当時の最新技術などが詰まっていた。
旧岩崎邸以外にも全国には明治から大正にかけて建てられた洋館が残っており、多くが重要文化財に指定され一般に公開されている。中でも北海道にある豊平館はアメリカの木造建築の影響を受けたと言われている。メインの色はラピスラズリの青色を人工的に再現したウルトラマリンブルー。兵庫にある風見鶏の館はドイツ人の貿易商のために建てられた洋館で、木造建築だが外壁には色や形を整えた装飾用の化粧レンガが使われている。
青森・平川市にある盛美館を訪れた。地元の豪農・清藤家が客をもてなし、美しい庭園を鑑賞することを目的として明治42年に造られた。設計と施工は地元の宮大工である西谷市助。1階が和風、2階が洋風と異なる建築様式が上下に組み合わさっている。トレードマークでもあるライトグリーンの屋根は銅板の影響で、水や酸素に反応してこうした色になる。江戸時代からあった銅板の技術で職人の手によってカーブや丸みのある屋根を作り上げた。1階のすべての部屋は和室で、約50年前まで清藤家の人々が暮らしていた。2階へと繋がる階段は漆喰に大理石の粉を混ぜ、貴重な大理石のような模様を作り上げている。2階は和様が混在しており、床は畳で漆喰で作り上げた天井は圧巻。2階からは庭を見下ろして楽しむことができ、平屋が主流だった当時の日本では新しい楽しみ方だった。清藤家は2階で川の字で寝ていたという。
オーストラリア・タスマニアの科学が第67回科学技術映像祭で優秀賞を受賞。目がテンは今回で4回目の受賞。番組ではタスマニア原生地域でヒメウォンバットなど島で独自の進化を遂げた生き物を観察した。受賞回では約2億年前からほとんど姿を変えていないアナスピデスなどを紹介した。表彰式には科学技術館の野依良治館長などが出席。出演した平井氏が賞状を受け取った。
