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竹久夢二は大正時代美人画の名手として一世を風靡した画家。「長崎十二景」は自由と反映を手にした大正時代の空気が書き込まれている。顔が見えない後ろ姿の裏には夢二にとって運命の女性との禁じられた大恋愛と悲劇の結末が。
オープニング映像。
詩のように絵を描くと言われた竹下夢二。その美しい女性たちは大正時代のモダンボーイ・モダンガールと呼ばれた人々を虜にした。福田美術館を訪れた。今回、美術館が所蔵する夢二の12枚の連作を特別に見せてもらった。今日の作品は「長崎十二景」。
夢二は1918年に長崎を訪問し1920年に「長崎十二景」を描いた。
長崎県の眼鏡橋を訪れた。夢二はこの美しい橋を「長崎十二景」で描いた。夢二は手を大きく描くのが特徴。出島は江戸時代の鎖国中に日本が海外と貿易・交流を行った人工島。「浦上天主堂」「凧揚げ」などの絵を紹介。
民主主義が広まった大正のはじめ、女性の地位向上運動も活発化し世界での日本の存在感も高まった。長崎へ夢二を招いたのは永見徳太郎。夢二は息子とともに永見邸に滞在し、永見の案内で長崎の名所を巡った。お礼の意味を込めて描かれたのが「長崎十二景」だった。
長崎には主に商人や外国人のための遊郭が数多くあった。「長崎十二景」に描かれた女性はほとんどが遊女や芸妓だった。長崎検番は芸妓衆の稽古・座敷への手配を行っている。大正時代長崎に身を捧げながら生きた女性たちを描いた。
夢二は若くして結婚するもすぐに離婚。多くの女性と浮き名を流した。12歳年下の笠井彦乃と出会いお互いに強く惹かれ合った。しかし彦乃の父は夢二との交際に反対し、2人は駆け落ち同然に京都へ移り住んだ。しかし幸せは長くは続かなかった
「灯籠流し」は亡くなった人を弔う画。後ろ姿の女性と彦乃がまとう着物はどちらも網代格子という柄。後ろ姿の女性は彦乃という。絵が完成したのは1920年2月で、その前の月に彦乃は亡くなっている。
彦乃は自らの魂を乗せ彼方へ向かう精霊船を見つめているように見える。佇む後ろ姿には夢二の彦乃を愛おしく思う心と深い悲しみが共に込められている。昭和に入ると永見の家は没落し、美術品は手放されていく。それでも永見は12枚の絵だけは最後まで手元に置いていたという。
新美の巨人たちの次回予告。
