- 出演者
- -
今回は大丸ヴィラを内田有紀が巡る。
- キーワード
- 大丸ヴィラ
オープニング映像。
内田有紀が京都府の烏丸通にやってきた。今日の作品は旧下村正太郎邸 大丸ヴィラ。デザインのベースはシェイクスピアの時代にイギリスで流行した建築様式のチューダースタイル。二階から上は木材でくっきりと枠を描く装飾のハーフティンバー。建物は素朴な印象を与えている。漆喰の白壁にレンガのようにみ得るのは泰山タイル。大正から昭和まで京都で焼かれていた建築洋装飾タイルの最高級品。一箇所として同じ貼り方をしていない。建物は鉄筋コンクリート造で外観に見えている部材の多くは構造としての役割を持っている。家の梁に見える木材も、木材同士を繋ぎ止めてみるビスさえも、純粋な装飾。庭からみるとさらに異なる表情になる。
大丸ヴィラの内観を紹介。この屋敷のエントランスホールは、木材とタイル、階段の赤い絨毯が重厚感のある空間を作り出している。素材の手触り感も印象的で、温もりと緊張感がある。かなりの広さがある空間は居間。天井と壁面のディテールはエリザベス朝様式の幾何学模様は左官が漆喰で仕上げている。この家の主のイニシャルの下村正太郎の「SS」をあしらったステンドグラス。壁には布を折り重ねたような図柄のリネンホールド。チューダー様式によく用いられる。リビングの奥には白を基調とした、サンルームがある。完成当時はこのような内装ではなかったという。昭和43年にこの建物の内部に改修工事で大きな変更が行われた。竣工当時は、色彩に溢れていたことがわかる。次に2階へ。階段を上がっていくと、エントランスホールの上の吹き抜け部分に出る。そこには美しいステンドグラスがあり、奥には、とても広い部屋があるがここも改築済み。かつては3つの部屋があったことがわかっていて、真ん中にはバスルームがあった。そこに貼られていたタイルは様々で日本にはないような装飾。
二階は昭和8年にドイツ人の建築家のブルーノ・タウトも宿泊した客室があり、そこにの以前は驚くほど個性的な色彩のバスルームだったが、用途が企業の研修施設に変わったことで、プライベートな空間は失われ今はみることができない。細部に宿る作り手の圧倒的なこだわり。その設計の経緯をたどると、意外な人物な物語に行き着いた。
滋賀県近江八幡市に、全国的な人気を誇る建築事務所があった。ヴォーリズ建築事務所を率いていたのはウィリアム・メレル・ヴォーリズ。元々キリスト教の宣教師として来日し建築を手掛けるようになるとそれが評判をよんだ。近江八幡の建築事務所を開き、東京と大阪にも視点を置き、最盛期には30人を抱えた。そこで、教会や住宅、学校など、千数百件の建築を生み出していった。倉方俊輔は人気の秘密について暮らす人、使う人にあった建物を完成させていく人だったという。そんなヴォーリズに自邸を依頼したのは下村正太郎。江戸時代から続く呉服屋の大丸初代社長。大丸を近代的な百貨店を発展させていった。下村は写真でみたイギリスのロンドンのリバティ百貨店に惚れ込み、こんな家を建てたいと依頼する。
一粒社ヴォーリズ建築事務所の資料保管庫には、大丸ヴィラ図面が百数十枚残されていた。図面には完成形の近いものもあれば、装飾の詳細を伝えるための原寸大のものも。また、建物のコンセプトを生み出そうとラフに描かれた初期段階のものもあった。多くの図面にはサインはないが、これらを主に描いていたのは天才と呼ばれた男「佐藤久勝」。
天才と呼ばれた男「佐藤久勝」はヴォーリズよりも9歳年下の建築事務所の所員。滋賀県大津市に生まれ、22歳で入社し、ヴォーリズの元で一から建築を学んだ。その後、独学で古今東西の建築様式を研究。39歳のときに建築視察する、世界旅行を観光し研鑽を深めた。やがて、ヴォーリズから建築家として認められ、東華菜館や心斎橋の大丸といった、時代を代表する華やかな建物を次々と手掛けるようになった。佐藤が手がけた心斎橋の大丸は、アールデコを基調としながらも、それだけでは説明つかない様々な建築様式と取り入れた魅力があるという。そんな佐藤のもとによせられたのは大丸・下村社長宅の設計依頼だった。その手書きの図面からは、佐藤の執拗なまでのこだわりが見て取れる。壁面のタイルには切れ込みを入れたかったことがわかる。この手書きの線のゆらぎを現場の職人に伝えるために図面が多く、大丸ヴィラは重厚感の中にも愛らしさがある。完成を喜んだ年に、下村は新聞の取材に、佐藤久勝を天才と綴っていたが佐藤は大丸ヴィラの完成前に病死。ヴォーリズもその死を最も嘆かわしい損失と答えていた。佐藤には生前何度も引き抜きの話もあったというが、断固としてそれに応じずヴォーリズのもとにとどまり続けた。
佐藤久勝の早すぎる晩年。彼が建築家・佐藤久勝として自由に作ちあげた一軒の家があった。生涯独身だった佐藤が母親と2人で暮らすために作った理想の住まい。完成は大丸ヴィラ竣工の前の年。旧佐藤久勝邸のシメオン黙想の家は、手触り感のある壁面に、泰山タイル。装飾としての丸太の断面。大丸ヴィラに通じる部分がある。ダイニングにはイスラム様式のデザインがあり、日本家屋の天袋に、建築様式にとらわれない遊び心に溢れている。
佐藤久勝は自身が建築した、シメオン黙想の家で母親と暮らしていた。その家の奥には大丸ヴィラでは失われた市松模様のタイルのバスルームがあった。佐藤が設計したものの、その完成を見届けることなかった大丸ヴィラ。そこでは実現したものの、今ではもう見ることができないバスルームだが、その自宅でオリジナルといえる姿を作っていた。
次回の「新美の巨人たち」の番組宣伝。
「スポーツ リアライブ~SPORTS Real&Live~」の番組宣伝。
