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国の登録有形文化財は14391件。その中で風呂を検索すると、3件のみ。神奈川県の岩本楼ローマ風呂、静岡県の新井旅館の天平風呂がある。そして長野県の長野電鉄から特急で長野駅から45分の場所の湯田中駅は温泉街の玄関口。湯田中温泉よろづやは寛政年間に創業した200年以上の歴史をもつ老舗温泉旅館。折り上げ格天井の本館は、威厳を称える木材と重厚なコンクリートが見事に調和している。そしてエントランスには屏風絵が。この唐獅子図は国宝に指定されている桃山時代の傑作の狩野永徳の作品を江戸時代中期に、同じ狩野派の狩野典信が模写したものだという。この絵はよろづや5代目館主の小野博が手に入れた。桃山風呂を作った人物でもあるという。国登録有形文化財の桃山風呂は、昭和28年に建てられた純木造伽藍建築。荘厳にして華麗な様式美。
湯田中温泉よろづやの桃山風呂にやってきた田中。脱衣所は建築当時そのままでケヤキの寄せ木細工で、欄間には細かい装飾が施される。欄間について施設側の清水さんは雉の一生を6枚に集約し雛鳥などが描かれる。そして洒心という言葉が掲げられているが、心を洗う、清めるという意味合いがあるという。
湯田中温泉よろづやの桃山風呂は総面積200平方メートル。浴槽面積は24トン。折り上げ格天井で、格式の高い様式とされ寺院や城に使用される。虹梁は、虹のように弓形にそった梁のこと。屋根の重さを支えながら彫刻などで施し、建築美を演出。開放感のある大きな窓は、採光と湯気をこもらせない気抜きの役割。窓の上の菱欄間は丁寧な仕事。念願の文化財に田中が入浴。作るのに3年もかかったという。
終戦直後の復興途上の日本は戦争の傷を癒やし、活力を養う場として温泉の需要が高まっていた。よろづや温泉の5代目館主の小野博は名物を作ろうと視察。静岡県の修善寺にある新井旅館を訪れ、そこでみた天平風呂に感銘をうけたという。純木造建築で奈良の法隆寺の食堂をモチーフにしたもの。小野はその風呂よりもすごいものを作ろうと決意した。夢を託されたのは建築家の沖津清。昭和5年に渡辺仁建築工務所に入所し日本劇場の第2期工事で現場監督をした。善光寺雲上殿の設計にも携わっている。雲上殿は鉄筋コンクリート造で、伝統的な寺院を意匠を再現した斬新な建物。沖津は日本の古典建築美を現在に活かすことに長けていた。目指したのは高貴な寺院さながらの純木造伽藍建築の風呂。基礎工事だけで一年を費やした。機械や重機が乏しい時代にすべて手作業。日本の伝統技法にこだわり、工期は3年に及んだ。日本の伝統建築美をほこる桃山風呂。沖津は意外な工法を用いていた。
長野県北東部に位置する湯田中温泉。田中は開湯千年を超える温泉郷の底力を知るためにとある寺を訪ねた。330年前に創建された梅翁寺。手水が温泉で境内には源泉があり、今もお湯が湧いており、足湯もあるという。
桃山風呂のスゴさについて専門家は木造建築の柱のないこれだけの空間を作るのは難しいという。屋根裏を調査した結果、大空間を可能にする洋小屋組であることがわかった。小屋組とは、木造建築における骨組みのことで、伝統的な名古屋組は屋根の荷重をしたに伝え、梁が曲がることで柱に力を伝える仕組み。しかし長い梁で支えるには、限度がある。そこで桃山風呂では西洋建築の洋小屋組を採用。三角形に木材を組むトラス構造にすることで屋根を支える力を分散し、柱の数が少なくて済む。沖津は和と洋の工法でより広い空間を作り上げた。
桃山風呂には、釘を一切使用しない日本の技術が強度を高め、腐食を起こりにくくしているという。屋根や梁を支える枡組は蟻継ぎという技法を用いている。逆ハの字型の突起を同じ形に彫ったほぞ穴に接合する技。金輪継ぎは縦方向に接合する技で、同じ細工を施した二つの木材を合わせ、木の栓で固定する。平成15年に桃山風呂は国登録有形文化財に指定された。
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