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オープニング映像。
松田ゆう姫がやってきたのはミナ ペルホネンの展示会が行われている場所。
松田ゆう姫がやってきたのはミナ ペルホネンの展示会が行われている場所。つぐ minä perhonen展ではこれまでの歴史を振り返る服が展示されている。しかし展覧会は服そのものよりも、テキスタイルの展覧会になっている。ロングセラーとなっているタンバリンのテキスタイルは、小さな粒が連なって柔らかな円を描く刺繍が施される。
one dayというテキスタイルは消しゴムはんこで作られ北欧の森を描いている。他にも迷彩柄のブルゾンは、明細の部分を切り取ると下から花の刺繍が現れる。このテキスタイルは、一枚の写真が元になっているという。1967年にマルク・リブーによって撮影された反戦デモにて銃を構える兵士に花を手向ける女性の姿にヒントを得たという。alive(生きる)は大きな被害をもたらしている動物との共生がテーマ。皆川さんはそんなメッセージなどを宿したテキスタイルを1000点以上生み出してきた。
展示会では皆川さんのアトリエをそのまま再現した空間がある。ミナ ペルホネンが出来るまでに服の形を決めてそこに使う生地のテキスタイルを組み合わせていく。その原画も丁寧に仕上げている。手描きにする理由には手がもつゆらぎやぶれも絵になっていくと言う。皆川さん手描きの原画は水辺にいる馬をデッサンのように描いている。その雰囲気をそのまま再現したドレスや他の原画では絵の具を塗った紙を切り絵にして作成した。完成した服でも重なり合う紙の質感がそのまま表現されている。異なる人種の人種の人たちが大海原を勇気をもって渡る様子を表現した。手描きのゆらぎを忠実に再現するのはとんでもなく難しいという。
ミナ ペルホネンの刺繍を行っているのは設立から65年の神奈川レース。職人の佐藤さんは、ミナ ペルホネンは自分で描いた図案をそのまま生かしたものづくりがしたいという方針。多くの場合は円は真円に、線はまっすぐにして刺繍をする皆川さんの刺繍ではゆらぎをそのまま刺繍で表現する必要がある。そのために佐藤さんはゆらぎを強調して作業をしている。こうして手描きの温かさのある生地になっていくという。しかしベテランの佐藤さんにとっても皆川さんとの作業は毎回1年生になる気分だという。そんな制作を経て特別なテキスタイルが完成した。そのコートは前合わせに沿って、服からふわりと浮いたように見える繊細なレースがほどこされている。forest parade(森の住人)の刺繍をつぶさに見ると、鳥や草花などの37種類のモチーフがほどこされ、一つの風景を作っている。製作は、困難を極めた。
皆川さんは1967年に東京に生まれた。高校を卒業後にフィンランドを一人旅で訪れ一着のコートと運命的な出会いをはたした。それがコート。フィンランドの職人が手作りのテキスタイルで仕上げたとても高価なものだった。旅費の殆どを使って即購入し、そこからテキスタイルい興味をもった。専門学校で服作りを学び、27歳で自身のブランドを設立。朝は魚市場でマグロ解体のアルバイトをしながら資金を稼いでいた。細部にモノの価値があると、それを確かな技術で作り出し、少しずつファンを増やしていった。& Premiumの編集長の戸田さんは地に足をついたものづくりをするという姿勢は歓迎され、自分にとって心地よいものは何か。それを手に入れると生活がどれだけ豊かになるかと見つめながら身にまとう人が増えていっているという。
服作りで独自の地位を築いた皆川さん。それと並行して取り組んでるもう一つの活動が絵を描く。
世田谷の展覧会で、皆川さんはもう一つの展示製作に密着した。アクリル絵の具に少しの茶色を混ぜていき、皆川さんは服作りと並行して絵を描き続けてきた。今回、縦2m、横3.5mのキャンバスを目の前にまず絵の具をブラシでゴシゴシ塗っていく。色ムラが手仕事の温もりを感じさせる。ギャラリーを入れて、ライブペインティングが始まった。白いラインで輪郭が浮かび上がる。描くことはデザインとは違う喜びがあるという。描き始めて16時間で作品が完成した。大きな画面に現れたのは身を寄せ合っている親や子。沢山の猫たちの姿。どの猫もこちらをまっすぐ見つめている。現在美術館の入口に展示されている。
ミナ ペルホネンのショップには野菜や、食材も並んでいる。日本中を巡り、出会った生産者のコレぞという一品を仕入れていた。そして直営の食堂やカフェで売れ残った食材を使って工夫を重ねたメニューを提供している。ドライカレーやチーズケーキなどを提供している。販売した服も何度でも修理して届けているという。
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