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県立公園 群馬の森にやってきたのは蓮見翔。ダウ90000というコント・演劇ユニットを主催し岸田國士戯曲賞を受賞。群馬県立近代美術館は磯崎新設計で1974年に開館した初期の磯崎を代表する建築。
蓮見翔は群馬県立近代美術館へ。訪れたこの日は大規模な改修を終えたばかり。作品が一切ない美術館が広がっていた。蓮見翔は何もない空間に怖さを感じるという。
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群馬県立近代美術館が完成した1974年は磯崎の天気となった年だった。過去の建築と全く異なるアプローチでいくつもの建築を生み出した。中でも美術館のインパクトは絶大と建築史家の五十嵐さんは語る。建物全体が立方体をベースに設計されている。建築には古くから美しい形を生み出すというルールがある。ルネサンス期には音楽の和音などと建築の共通点を求めるなど、日本の建築も木割りというスケール感が伝統的に調和を生むとされている磯崎はそんな当たり前とする考えを覆し建築を過去から解き放とうとした。たどり着いたのは最もシンプルな1対1対1の立方体。これを元に設計した。基準となる立方体は一辺が12m。美術館はその立方体を幻覚に組み合わせて作られていた。外壁のパネルは12mを基本的に10分1の1.2m。その2分1のの60センチ。その4分の1の15センチと細部に至るまで基準となる12mから規則正しく寸法が割り出されていた。
1931年に発生した満州事変。磯崎はその年に大分に生まれた。中学の頃に故郷の大分は空襲に見舞われ、その悲劇を前に、都市は消えて焼土だけがあったなどと胸中を綴っている。やがて建築家を志し東京大学に進学。丹下健三の研究室に。迎えた1970年の大阪万博では異本の高度成長を謳い上げる国家的大イベントに。磯崎は師である丹下が手掛けたお祭り広場の設計へ。しかし開会式当日には極度のストレスで倒れてしまった。建築は大義のためだけに利用されるだけなのか?それが悲劇を繰り返すことにつながると、磯崎は建築を過去から引き離し、0から作ることを考えた。エントランスホールには正面に重厚な大理石で作られた不思議な光景。
蓮見は群馬県立近代美術館の不思議な空間へ。人が登れない階段があり、五十嵐さんはこの光景にはモデルがあるのではと考えている。ミケランジェロが設計したラウレンツィアーナ図書館はルネサンス期に設計した彫刻作品のような大階段がある。五十嵐さんは磯崎はその階段が好きで、その階段のようなものを作ったのではと考えているという。実用性からでは説明できないアート作品。ホールの中央からみると段差が際立ち、立体造形などに見えるが、斜めにみると段差が消えて大きな壁にみえる。見る場所によって立体にも平面にも見える不思議な造形。知覚を揺さぶり、空間の把握に違和感を生み出している。理屈を超えた設計を加え、揺らぎを生み出す磯崎の手法。午後になると正方形の窓を通して外光が館内へ。磯崎が提案した建設されなかった渋谷の空中都市にもそれが表れている。
磯崎が実際には建てられなかった建築のアンビルトを多く残している。そのアンビルトに魅了されたのは芥川賞作家の九段理江さん。受賞作では実現しなかった国立競技場が建っているもしもの東京を舞台にした。
磯崎新が設計した空中都市渋谷の計画は、1960年代に構想した渋谷の上空に街を作る計画の模型。古くからの街を残したまま新たな住人を迎える提案をした。1985年には東京都都庁のコンペに出したプラン。今の都庁が丹下健三がそのコンペで勝ち取って実現した超高層ビル。その威圧的な姿を否定するかのように市民とのつながりを建築で提案した。この設計の中に丸い球体が。その10年後に1996年に竣工した丹下健三の設計したフジテレビの本社には、同じく丸い球体がある。アンビルトには他にも空中都市やフィレンツェ新駅の構想が残っていた。群馬県立近代美術館にはもう一つの姿が。
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