2024年9月30日放送 2:50 - 3:50 フジテレビ

FNSドキュメンタリー大賞
ゆうきの豆腐

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(オープニング)
今回は…

齊藤親子は毎日工場に二人で立ち、豆腐を作っている。息子・勇旗は47歳で重度の障害がありながらも父・寛明といっしょに仕事をしている。寛明は息子は見て仕事を覚えており、いつの間にか出来ることが増えているなどと伝えた。寛明は現在76歳であり、勇旗との時間はいずれ終わりが訪れ、親亡きあとの問題、そんな豆腐屋の日々を密着する。

オープニング

オープニング映像。

ゆうきの豆腐
ゆうきの豆腐

富山・小矢部市にある豆腐屋「斉藤商店おやべ」では、勇旗が豆腐を担当して作っている。勇旗は重度の知的障害と自閉症があり、寛明が付きっきりで見守り、寛明の妻・明美が支えてきた。勇旗は2歳の頃に障害があると判明し、医師からは知的開発は難しいと診断されていた。寛明は勇旗のために13年間務めてきた会社を辞め、勇旗に言葉と数字を自ら教えてきた。小学校に入学した勇旗は当時は今より障がいに理解がなく、偏見や誹謗中傷の言葉を浴びる日々を送ってきていた。当時、寛明は実家の豆腐屋の仕事を手伝うようになり、職場に勇旗を連れて行っていたことが転機となっていた。勇旗が中学生の頃に寛明は今の工場を勇旗がずっと働ける場として造った。単純作業を繰り返す豆腐作りは勇旗にとって相性が良かったなどと伝えた。

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小矢部市(富山)斉藤商店おやべ知的障害自閉症

勇旗は毎朝5時前に起床し、掃除・洗濯と済ませ、仏壇に手を合わせるのを習慣にし、終わればすぐに仕事に取り掛かっている。勇旗は常に順序通りに過ごせているが、一度想定外のことが起こるとパニック状態になってしまっている。齊藤家では2年前に不安がよぎる出来事が発生していた。勇旗が仕事中に足を骨折し、補うために明美の仕事量が増加し、負担となって過労で倒れ、老障家庭となっていた。

老障家庭の解決策として国が勧めているのがグループホームの活用である。富山型共生グループホーム 双葉では知的障害がある20代から60代女性が共同生活を送っており、相談者の和が増加しているものの入居できるかはその時にならなくては分からない状態にある。グループホーム利用者数は年々増加しており、2023年4月時点で全国に17万2901人いる。一方で障害者福祉の人員は慢性的に不足していて、グループホーム運営に支障をきたしている。社会福祉法人であるにいかわ苑は人手不足のためグループホーム1か所を休止したままとなっているなどと伝えた。この日、富山市手をつなぐ育成会の催しに老障家庭の当事者たちが集まり、互いに抱える不安や悩みなどを打ち明け合っていた。寛明もこの地域で勇旗を育てており、工場でも障害のある人々を受け入れてきた。工場で働く堀田は障害がありながら運転免許を取得した。寛明は勇旗を始め皆が自分の仕事をやれる工場はなくてはならない存在なのだと告げた。こうした老障家庭が日本全国に何箇所あるのか国は調査を行っていないなどと伝えた。

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にいかわ苑富山型共生グループホーム双葉富山市総合社会福祉センター富山県手をつなぐ育成会就労継続支援事業細川瑞子

2023年9月、斉藤商店おやべではいつもの一日が始まっていた。この日も勇旗は寛明から豆腐作りを教わり、単純作業ながらもいくつもの似た作業を覚えていった。寛明は昔から勇旗に繰り返し何度でも教えてきており、自分が80歳になるまでには全てを教え終わりたいのだなどと語った。この日、寛明は豆腐を積み込み、勇旗を連れて集会所に訪れ、一緒に来客たちに商品を販売する経験を積ませた。寛明は勇旗を知ってもらうために地域の集まりにも積極的に参加しており、この日も地域の集まりでこきりこ節を地域の人々と一緒に歌った。

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こきりこ節斉藤商店おやべ

齊藤家では農業も開始しており、寛明は自分の年齢を考慮して就労継続支援の事業所を辞めることを決断し、豆腐屋は従業員に託し、引退後は畑に専念することを目標にしていた。水難事故から身を守るために始めた水泳では、勇旗は繰り返し練習して上達してきた。豆腐屋の朝は相も変わらず早く、勇旗たちは今日も昨日と同じように繰り返し、少しずつ前に進んでいる。

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就労継続支援事業

2024年4月、斉藤商店おやべは寺の祭りに出店する準備を進めていた。斉藤商店おやべでは毎年祭りに参加しており、今年も常連客をはじめ多くの人々が商品を手にしていた。老いた親と障害のある子、今ある穏やかな日常にもいずれ終わりが訪れ、残される子のために何が出来るのか拭いきれない不安とともにあるのだと伝えた。

キーワード
斉藤商店おやべ

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