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川の氾濫から3日後、秋田・仙北市西木町上桧木内地区で全国各地から集まったボランティアによる手助けが始まった。なか志ま旅館でも復旧作業が行われた。厨房では床をはがし、泥をかき出した。懸命に作業するボランティアを見て三代目女将の中島勝子さんは前向きな気持ちになっていた。9月19日になると床もきれいに仕上がり、調理器具は支援を受けた。ボランティアが泥まみれになった厨房の食器などを丁寧に洗ってくれた。9月28日に行われるマラソンイベントに食事を提供するため、中島さんは午前5時前から調理を始めた。地元の新米あきたこまちのおにぎりと地元のキノコや山菜が入った味噌汁を作る。米や味噌は全てもらったもの。娘・星子さん、従業員女性と3人でおにぎり100個を握った。午前6時すぎに仙北市角館町から北秋田市鷹巣を目指す100キロチャレンジマラソンがスタート。応援する人のために用意した食事だったが、出場したランナーも立ち止まって食べてくれた。ボランティア活動は10月13日に最終日を迎えた。ボランティア28人が旅館に集まり、倉庫で泥まみれになっていた食器を洗った。棚は何度も拭いて消毒を徹底。中島さんはボランティアに振る舞う食事を作った。被災後に食堂で食事を提供するのは初めて。メニューはカレー・から揚げ・味噌汁だった。中島さんは「ここまできたのはみんなのおかげ」と語った。
2025年11月、仙北市角館町で地元の社会福祉協議会が主催するイベントが行われた。中島勝子さんは娘・星子さんと会場を訪れ、食堂でも人気だったかつ丼・焼き肉丼・いなりずしを販売。弁当販売は水害後初めて。旅館でボランティアをした人も来てくれた。なか志ま旅館では食堂再開へ向けた準備が進んでいた。約2ヶ月半ぶりに食堂が再開すると、勝子さんの表情にはやる気が漲っていた。勝子さんは助けてくれた人々やお客さんへの感謝を語った。2025年最後の営業となった12月26日もいつも通り。「普通に店を開けられる」ことが困難な一年を乗り越えた証だった。食堂には温かい時間が流れ、客の会話が弾んだ。再開したカレンダーは被災した8月19日のままだった。
2026年となり、小正月行事「上桧木内の紙風船上げ」の準備が本格化。なか志ま旅館がある宮田集落は、毎年紙風船館で紙風船づくりを行っていたが、大雨被害のため集落の集会所を利用した。紙風船上げは戦中に一度途絶えたが、過去の水害時に中島さんの夫・健さんが復活させた。宮田地区では毎年七福神を描く。開催が間近に迫った2月1日、旧上桧木内小学校の体育館で紙風船を完成させた。ボランティアへの感謝を描いたものもあった。紙風船上げ前日の2月9日、なか志ま旅館は会場で販売する料理の仕込みに追われていた。当日はラーメン・おにぎり・牛すじの煮込みなどを販売した。午後6時になるとボランティアへ「感謝」の思いを込めた紙風船が夜空に舞い上がった。なか志ま旅館の復活を知らせる紙風船も打ち上げられた。例年より少ない約60個の紙風船が皆の願いを乗せて冬の夜空を明るく照らした。
