- 出演者
- 宮根誠司 藤本万梨乃 鈴木悠 石戸諭 岸田雪子
東京・浅草で三社祭が行われた。毎年180万人が訪れ、最終日の今日は大混雑した。三社祭は地域の誇りを象徴する祭りとも言われ、担ぎ手との間で衝突が起こることも。東京都心では午前11時に気温27℃を超えた。東京・台東区にあるかき氷専門店「ひみつ堂」では、暑さを凌ぐ人々が訪れていた。
今朝、大阪・関西万博会場には入場を待つ多くの人が並んでいた。大阪市内では正午に27℃を超える暑さとなった。仙台や名古屋などでは最高気温29℃、福島で30℃を超えるなど各地で季節外れの暑さとなった。
オープニング映像。
今夜のゲストはノンフィクションライターの石戸諭さんと、ジャーナリストの岸田雪子さん。
「ネプリーグSP」、「続・続・最後から二番目の恋」、「あなたを奪ったその日から」の番組宣伝。
大ヒット上映中の映画「かくかくしかじか」の告知。
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- かくかくしかじか
あすの全国の気象情報を伝えた。
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- 熱中症
天皇皇后両陛下の長女愛子さまが初めて被災地を訪問した。石戸氏は「延期されていたものが動き出したというものと、現地対応も含めるとかなり勇気づけるものになった」などとした。
結成16年以上の漫才師ナンバーワンを決めるTHE SECONDの舞台裏に密着。本番前、ザ・ぼんちの楽屋に届いたのはニューヨークで暮らす孫からのメッセージ。大会最年長で挑むのは結成54年目のザ・ぼんち。は和フルで奇想天外なボケをするぼんちおさむと的確で速いツッコミの里見まさとの2人組。1980年代の漫才ブームを牽引。日本武道館単独公演も行った。今年73歳になる2人。今なぜ賞レースに挑むのか。ぼんちおさむは自分なりの感覚があり、いつまで通用するのか、どこまで通用するのか、若い子が笑ってくれたら嬉しいなどと話した。自分たちの笑いがどこまで通用するのか肌で感じたいとレースに挑む理由を明かしていた。予選で283点を獲得するも時間オーバーで10点減点となった。グランプリファイナル当日。2人から笑顔が消えていた。それでも舞台に出ると全盛期を彷彿とさせる漫才を披露。ところが結果は2点差で金属バットに敗れた。
ザ・ぼんちを破り勝ち上がった金属バットを準決勝でねじ伏せたのが囲碁将棋。囲碁将棋は3度目の挑戦にして予選では大会史上最高得点を叩き出した。しかし、囲碁将棋の2人はなぜ297点が出たかわからないなどと話す。去年負けてから特に変わった部分はないという。2人は本番8日前、山に登っていた。全国津々浦々の絶景で漫才を行うYouTube撮影を行っていた。コロナ禍の無観客を逆手にとって始めたもので4年間続けているという。その意義は漫才を記録として残すことだという。囲碁将棋は年間700回以上舞台に立つ劇場番長。昨日の本番、1回戦を順当に勝ち上がると2回戦では金属バットを2点差で下し決勝へ。
結成16年以上が参加資格のTHE SECOND。勝利に執念を燃やしていた結成19年目のモンスターエンジンをグランプリファイナル史上最高得点で下したのはツートライブ 。決勝は囲碁将棋とツートライブの戦い。結果はツートライブの優勝。
ツートライブが漫才を披露。
「THE SECOND」 3代目王者のツートライブが登場、周平魂さんは「正直まだなんも分かってない状況」「これからいろんなとこで漫才してテレビ出てさしてもらって」などと話した。
今年1月1日食道がんを患ったムヒカ氏を取材をしていた当時はMr.サンデーディレクターだっ田部井一真がウルグアイで見舞った。世界一貧しい大統領として世界から愛されたムヒカ氏とそこからMr.サンデーの関係が始まった。番組の求めに応じてムヒカ氏は日本まで訪れていた。世界へ遺したメッセージを紹介する。
今月14日ホセ・ムヒカ元大統領の国葬が行われた。貧困家庭に生まれ20代のころからゲリラ活動に身を投じた男は銃弾を受けながら貧しい人々のために戦い続けた。2010年大統領に就任するとどんな時でもノーネクタイを貫き給料の9割を寄付し自ら質素な田舎暮らしを続けたことから「世界一貧しい大統領」と呼ばれた。2012年国連会議でのスピーチがムヒカ氏の名を知らしめた。「発展は幸せの邪魔をしてはならない。「環境のために闘うのならいちばん大切なのは人類の幸せであることを忘れてはなりません」とした。2015年ウルグアイでインタビューを行ったが「みんなが豊かさを勘違いしていると思う。大統領だって国民の生活レベルが上がれば自分も上がる少数派ではいけない」などと話し日本について「すごい進歩を遂げた国だけど本当に日本人が幸せなのかは疑問、西洋の悪いところをまねして日本の性質を忘れてしまったんだと思う。根本的な問題は君が何かを買う時お金で買っているわけではないくお金を得るために使用した時間で買っているんだよ」と話した。
2016年4月、ムヒカ前大統領は日本でも庶民の暮らしをみることにこだわり大阪では人だかりにも気安く応えた。たこやきや串カツの店にも気さくに足を止めていた。
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ホセ・ムヒカ元大統領は大阪・新世界の串揚げ店を訪れた。ムヒカ氏の興味は日本人の生き方だった。ムヒカ氏は「日本人は働き過ぎなんだよ」などと話した。
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ムヒカ氏が日本で一番楽しみにしていたことは日本の大学で若者たちと語り合う特別公演だった。菊地慶太さんは当時、東京外国語大学でスペイン語を専攻していた。菊地さんは「全世界が幸せになるというのは可能だと思うか」などと質問した。ムヒカ氏は世界を変えるためには、まずは自分を変えなくてはと話した。パラグアイの政治家で医療保険制度の改革を進めてきたエドガー・ヒメネス氏は「ムヒカ氏はレガシーを残してくれた」などと話した。
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ムヒカ氏は残された人生の時間を取材に割いてくれた。80歳を超えてなお日本で学び精力的に語ってくれたムヒカ氏。最後の言葉はまるで世界への遺言のように力強かった。人間はなぜ同じ過ちを繰り返すのか?最後まで世界に問い続けたムヒカ氏。
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ムヒカ氏についてのトーク。信念の強さのオーラみたいなのがあり、近寄りがたさを感じたなどと宮根氏がコメント。豊かさ・人生について改めて考えさせられたなどともコメント。
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