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オープニング映像。
オリンピックは選手がいかなる差別も受けずスポーツをする場を目指してきたが、パリオリンピックでは戦争を続ける国の選手を参加させるかどうかが問われていた。スポーツによる平和への貢献を掲げる国際体操連盟のトップに密着した。
去年10月、東京で新体操の国際大会が開かれ、ウクライナの選手はキーウから3日をかけてやってきた。ウクライナ侵攻後、国際大会から除外されていたロシアは不参加だった。国際体操連盟の渡辺会長は大会後、ウクライナの選手をねぎらう席を用意した。ロシアとベラルーシが来年から国際大会に参加することを伝えると、ウクライナの人たちは「非常に心が痛みます」「他の方法はありませんか」と話した。選手たちを見送ったあと、渡辺会長は感情的にはウクライナには同情するが体操選手ということに関しては中立じゃなきゃいけないと話した。オリンピックで行われる競技はそれぞれの国際競技団体によって運営されており、ロシア選手を含む参加資格を決定するのも国際競技団体の役割だった。8年前に国際体操連盟のトップにアジアから初めて選出された渡辺会長は、年間300日以上海外をまわって体操の普及に努めている。
ロシアが除外されるきっかけとなったのは北京五輪直後に始まったウクライナの軍事侵攻で、五輪期間中に休戦を求める国連決議に違反する行為だった。ロシアはこれまで3度も休戦決議違反に問われてきた。ウクライナ侵攻が始まった直後にIOCは国際大会からロシアとベラルーシの選手を除外するよう国際競技団体に勧告したが、1年後に国連人権理事会の懸念を受け方針を転換。ロシア選手を復帰させるよう勧告を改めた。IOCは、選手を国の代表ではなく中立の個人として出場させることを示した。「戦争を積極的に支持しないこと」「ロシアやベラルーシ軍と契約していないこと」などが条件だった。フェンシングドイツ代表のクルーガー選手はロシアとベラルーシの除外継続を求め署名活動を行い、300人以上が署名に応じた。
モスクワ郊外には国が運営するフェンシングの強化施設がある。ナショナルチームに所属するポズドニャコワ選手は東京五輪で金メダルを獲得し、大統領府に招かれて祝福を受けた。ポズドニャコワ選手は「選手としてスポーツはこの国でかなり支えられている」「中立の個人として出場する自分は想像できない」と話した。ポズドニャコワ選手の元夫・ロハノフ選手はアメリカに移住し、民間のクラブでコーチとして働きながらオリンピックを目指している。ロハノフ選手は「戦争を始めた国を代表したくありません」と話した。ロシアを出る決断をポズドニャコワ選手に話したが、意見は交わらなかった。ロシア大統領選挙でプーチン大統領をサポートする著名人のリストにポズドニャコワ選手の名前を見つけたロハノフ選手は「私たちがどれほど異なる方向に進んだかを示している」と話した。
オリンピックは人々の愛国心を高揚させる舞台として発展してきた。ヘルシンキ大会にはソ連が初めて参加し、東西冷戦が激しさを増す中メダル争いが加熱した。第5代IOC会長のアベリー・ブランデージは「オリンピックの勝利は国家や政治体制の優劣を示すためのものではない」として国歌斉唱・国旗掲揚の廃止を提案したものの、東西両陣営からの強い反対を受け実現することはなかった。ローザンヌ大学クラストル教授は、IOCの中ですら政治的な力が働いていたと話した。その後過度なナショナリズムを警戒する動きは弱まっていった。ロサンゼルス大会でオリンピックは商業化にかじを切り、IOCは多額の放映権料とスポンサー収入を得る仕組みを確立した。ブザンソン大学ジロン教授は、この頃からIOCはナショナリズムにつながりかねない動きを黙認するようになったと指摘した。
ロシア選手の復帰を目指す渡辺会長は、国際大会でどう受け入れるか検討を進めていた。IOCは中立の個人として参加する選手の国歌斉唱や国旗掲揚を禁止するよう求めていた。渡辺会長は2月に始まるワールドカップを目標にしていた。ロシア選手はこの大会に出なければオリンピック出場は事実上断たれることになる。かつて渡辺会長は旧ユーゴスラビア紛争の紛争地域の選手を招待し、日本で国際大会を開催した。会場でセルビアとボスニアの選手が握手する様子を見て、スポーツは平和に貢献できると考えるようになったという。
「スポーツは平和に貢献できる」という理想の難しさを物語る出来事も起きている。ロシア選手が中立の個人として参加したフェンシング大会で、対戦したウクライナのハルラン選手は試合後の握手を拒否。ルール違反で失格となった。ハルラン選手はウクライナを離れ、イタリアで練習を続けていた。ロシアの選手との握手拒否はウクライナ人として当然だと語った。ウクライナの人々はハルラン選手の行動を強く支持し、バッハ会長は特別にパリ五輪の出場資格を与える書簡を送った。
オリンピック本番でもロシア選手の参加は国を代表しない中立の個人に限ることになったと渡辺会長のもとにIOCから報せが届いた。多くのトップ選手が条件を満たせず、中立の個人としてオリンピック予選を通過していたロシア選手は全競技で6人だった。プーチン大統領はIOCが課した条件は実質的なロシアの除外だと反発した。ロシアはオリンピックとは別の大規模な大会をパリ大会フレンドシップ・ゲームズを翌月に計画していた。優勝者には4万ドルの賞金が与えられ、南米や中東、アフリカなどから5千人以上が参加するとされている。IOCは政治的な意図を含んだ大会に参加しないよう各国政府に求めた。
ワールドカップまで1か月となった1月、渡辺会長のもとにはロシアの選手からの申請はほとんど来ていなかった。2月にオリンピック予選を兼ねたワールドカップがカイロで開幕し、75の国や地域の選手が参加。ロシア選手の姿はなかった。渡辺会長は「純粋に新体操が好きだったのにある日ナショナルフラッグを背負うようになり、戦争になった時にプロパガンダの材料に使われてしまう」「スポーツにとって危機、そこを変えていきたい」と話した。
エンディング映像。
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