- 出演者
- 日村勇紀(バナナマン) 設楽統(バナナマン)
オープニング映像。
カナダから来た男女にインタビュー。日本食を満喫しに来たと話した。初来日の思い出にみんなでお揃いのスーツケースの変顔カバーを作成したという。
アメリカから来た男性にインタビュー。男性は14年間ひげを伸ばしていると話した。76歳で世界中を旅しているという。
メキシコから来た男性にインタビュー。以前番組に出演した男性で密着取材が決定した。
やおきパンを訪れたが閉まっていた。パンストックで明太フランスを購入した。1日1000本を売り上げる福岡の新名物という。博多皿うどんもいただいた。皿うどんは1899年長崎発祥だが当時麺を長崎から汽車で運ぶと時間がかかり傷まないように一度焼き置いたのが博多皿うどんの始まりという。また、むっちゃん万十やもつ鍋なども紹介した。長浜屋台ではぎょうざ巻きをいただいた。
大江戸骨董市は江戸時代から現代までの骨董品が多く並ぶ。アメリカから来た男性2人にインタビュー。居合術の大会に出るため日本に合宿をしに来た。骨董市では鉄つばを買ったという。ムカデ模様は「前進するのみで後退しない」習性から武勇の象徴として好まれた。
イギリスから来た夫婦にインタビュー。骨董品収集が趣味という。両替商などで使われハンコなどを入れる収納箱、かけ硯を紹介。
アメリカから来た男性にインタビュー。昭和中期までの自転車についていたブランドのマーク、風切りを買ったという。密着が決定。
鎌倉にある男性に自宅を訪れた。レトロ自転車グッズを紹介。マグネット号は実用車と呼ばれる当時の一般的な自転車でコレクションの中でも最古の自転車。落札時はボロボロの状態だったが足りないパーツは買い足して復元したという。現在はアルミ製だが当時は全て鉄製で重い。当時道路整備が進んでいなかったためサスペンションが丈夫に作られている。当時は歩道と車道が曖昧で危険だったためベルの音が大きく作られている。
当時自転車は実用車と言われ主に仕事のために使われていた。公務員の初任給1~2か月分に相当し庶民にとっては高価なもの。その後自動車の普及とともに仕事として使う実用車の需要が減少。以降庶民でも買える娯楽用の自転車が普及した。男性は約40年前海兵隊員として来日。ネットで昭和自転車を発見しその個性的な姿に一目惚れしたという。また当時はナンバーを取得しないと乗ることが出来なかったという。自転車から離れる際スライドしてナンバーの一部を引き抜くことによって一目で盗難車がわかる。
日本に住んでいるという男性にインタビュー。男性は下町専門の写真家で撮影した下町写真は約10万枚以上。取材交渉し密着決定。
万世書房は電子関係の技術書を販売する秋葉原ラジオセンター1階の書店。昭和の時代に秋葉原を支えた電気街で近年閉店が続出する中、男性は撮影を続け写真を本人に直接手渡している。男性は英語教師として20年前に来日。35歳の時に先生を辞めて下町を撮る写真家になった。5年前の1枚をきっかけに本人に写真を直接手渡し始めた。
蒲田の銭湯を訪れた。営業前のため裏口から特別に撮影した。大正湯は現在では珍しい薪で湯を沸かす老舗銭湯。昭和30~40年代の大田区は町工場が多く銭湯の数は都内最多。昭和の大田区は東京の温泉郷とも言われたが町工場の衰退とともに銭湯の数は減少した。
オダギリジョーが8回目の登場。正月の特別ドラマの告知などは特にないという。
メキシコから来た女性にインタビュー。交際1年記念日&女性の誕生日で遠距離恋愛中の彼氏に会いに来たという。
アメリカから来た男性にインタビュー。男性はミュージシャンで青葉市子の大ファンという。
イギリス出身の女性にインタビュー。女性は首元に耳があった。
- キーワード
- ロンドン(イギリス)
女性は映画やTV番組で活躍する特殊メイクアップアーティスト。自分自身にも特殊メイクを施し人を驚かすことが大好きという。
南アフリカ出身の男性にインタビュー。日本の激辛動画に興味を持って初来日。7日間の滞在で激辛料理に挑戦したいという。取材交渉し密着決定。
チャカラカは野菜類を唐辛子で煮込んだ南アフリカの郷土料理。ピリ辛から激辛まで家庭によって味付けは様々。ゴールドラッシュに沸いた南アフリカの労働者街で誕生したとされる。地獄の担担麺 護摩龍 五反田を訪れた。