元日本陸軍の軍人だった齎錦文さんはインパール作戦にも参加。兵站を無視した作戦で3万人以上が戦死した。台湾に戻った齎さんを待っていたのは当局による厳しい弾圧だった。蒋介石による植民地統治が始まる。新聞記者になった齎さんは拘束され処刑場に向かう途中で、新たな通達が出て九死に一生を得た。齎さんは日本軍人だったことを今でも誇りに感じているという。しかし元日本兵らが迫害されていた時、日本政府が手を差し伸べなかったことを忘れていない。
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