1976年、人生初のコンサートにNHKが独占密着していた。緊張からか歌詞を間違えてしまった小椋。表舞台に立つこと自体、この日が初めてだった。東京大学法学部を卒業後、エリート銀行マンとしての道へ。当時は音楽活動と並行し銀行に勤務していた。勤め先からは顔出しを禁止されており、デビューから5年以上レコードジャケットでも姿を見せなかった。1972年、3rdアルバム「彷徨」の売上が100万枚を突破。謎のシンガーとして注目を集めていく。そして楽曲提供した「シクラメンのかほり」が大ヒット。これをきっかけに顔出しをしない小椋に対し不満の声が上がるようになる。そんな世間の声に応えるため小椋は人生初のコンサート開催を決めた。座席数3300人に対し応募数は11万通とチケットは争奪戦となった。コンサートの模様はテレビでも放送され視聴率30%以上を記録。小椋佳という存在を世に知らしめた伝説の一夜となった。
